shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年8月25日

○近くて遠い所

 「若松さんですか。今在家という地区でふれあいいきいきサロンのお世話をしている者です。誠に小さな集会で済みませんが講演に来て下さいませんか」と電話が入りました。それより少し前、金融広報委員会の山下さんから講師派遣依頼が来ていて、了解しての対応だったので、一も二もなく引き受けました。それにしても毎日のように県庁所在地の松山市へ出かけ、松山市を活動のフィールドにしている私ですが、今在家という地名は余り聞くことが少なく、「はてどこら辺だったかな?」と思いました。「まあ電話番号を聞いてカーナビに入力すれば何とかなるだろう」と簡単に考えていました。やがてその日がやって来て今日は10時からの時間に間に合わすべく、少し早めに出かけました。家を出る時集会所の電話番号を入力してはたと困りました。その電話番号では検索不可能」と出たのです。古いカーナビなので電話番号を読み取れないのかも知れないと思い、とりあえず感を頼りに伊予市、砥部町と進み松山市郊外の道を走りました。杖の淵公園の近くだと思い、少し早い時間調節のために杖の淵公園に車を止めて公園内を散策しました。



 この公園は湧水を利用した公園で、渇水のこの時期だというのに池の底まで見えるような澄んだ水を満々とたたえていました。湧水池の周辺の水路には合鴨が沢山飼われていて、池を泳ぐ鯉やフナなどとともに何とも賑やかで、訪れた人の目を楽しませていました。水路の中ほどには水畑があって寒冷遮で覆った水面の下には何やら植えているようでした。傍で作業をしていた人に聞くとテイレギだそうで、移植して増やしているのだそうです。本当はもっと成長するはずなのですが、松山市は折からの渇水で取水制限をしている市内に向けてここの地下水を汲み上げて送っているので、その影響のようでした。

 松山市の伊予節という古い民謡に「高井の里のテイレギやチョイト~」なんて下りがあったり、杖の淵とは弘法大師が杖で叩くと水が湧き出したという逸話があることは、おぼろげながら知っていましたが、松山の郊外といいながらこんな場所に素敵な湧水のオアシスがあるのですから凄いことです。杖の淵に来るまでに重信川という一級河川に架かる久谷橋を通ってきましたが、渇水の影響で広い川には見渡せど水の流れている部分はなく、多分沿線での過度な伏流水汲み上げが原因ではないかと思ったりしました。

 杖の淵公園では秋の訪れを示すように、庭師さんが公園内の庭木や藤のパーゴラの剪定作業に汗を流していました。何日かすると散髪したような綺麗な庭になることでしょう。

 さて今在家という地名がカーナビに見え隠れし始めました。「うん私の直感も大したものだ」と思いながら家々の隅に張っている地名看板に書いている2丁目、3丁目と追いながらゆっくり走りました。集会所は3丁目8ー10と書いていたのでおおよその見当をつけて走ると、看板に今在家集会所と書いたこじんまりとした施設が見えてきました。既に何人かの人が準備をしていて、30分も早い到着に驚いた様子で駐車場に車を誘導してくれました。

 今日の参加者は殆どが高齢者でしたが、地区内に呼びかけたらしくまあまあ若い人もいて出席者は予定より多い30人を超えていました。早い人は30分も前から来ていたので四方山話をしながら過ごし、いい雰囲気でお話しに入ることが出来ました。打てば響くような素敵な参加者に助けられて「くらしと生活設計」の話は1時間30分にも及びましたが、私の最も得意とする話だけに皆さんにもかなり受け入れられたような感じでした。

 冷房のよく効いた部屋で、まるで落伍のような話をする私も、落伍のような話を聞く人も、日頃の悩みを忘れ一体となって考えるいい企画でした。「また来てね」と全員の拍手で送ってもらい会場を後にしました。私にとって今在家という地名は一生忘れられない思い出となることでしょう。

  「今在家 知ってはいたが 知らぬ土地 探し訪ねて やっと見つける」

  「退化した わが記憶だが 忘れない 今在家という名は ずっと忘れじ」

  「全員が 大きな拍手で さようなら また来てくれと 嬉し言葉を」

  「小さいが 笑い大きい 集会所 束の間だけど 悩み忘れる」 

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