shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年8月18日

 わが家の庭の隅に小さな鉄棒があります。わが家がこの地に引っ越して来た時、今年の春亡くなった鉄工所を営む伯父に頼んで作ったものです。あれからも35年が経ちましたが、子どもが小さい頃はこの大人サイズにあわせた鉄棒で、尻上がりの練習をさせたものです。大人の身長に合わせているので、子どもにとっては踏み台を用意しなければならず、少々高過ぎるため怖さが先にたって中々上手く出来ませんでした。特に長女にとっては今にして思えば出来ないはずだと悔やみながら述懐するのです。

 3人の男の子は最初は怖がっていましたが、年齢を重ねるにつれてこの鉄棒が筋力トレーニングマシーンのように思うのか、あるいは男として逞しくなりたい願望があったのか、折に触れてこの鉄棒で懸垂の回数を競い合っていました。お陰で息子3人は健康にしてたくましく育ったように思うのです。最近は帰省の度にこの鉄棒にすがって懐かしがっているようですが、今はこの鉄棒が私の背筋を伸ばす道具となっていて、朝な夕な鉄棒にすがることで少しは健康を維持していると信じているのです。

 私が公民館に勤めていた頃、農山漁村のわが町では腰痛に悩まされる人が沢山いました。多分急峻な地形での農作業や、狭い漁船での重い重労働に加えた戸外での労働が長年蓄積されてのことだと思うのですが、徳島県のある保健婦が、やはりその地域でも多い腰痛を減らそうと、腰痛体操を考案したりあの手この手の対策をした挙句、行き着くところ鉄棒がいいという結論に達し、各家々に鉄棒を作る運動を広め腰痛が半減したという話しを、視察に来た時聞いたものですから、早速わが町でも鉄棒にすがる運動や鉄棒を作ることを推進しました。

 私はその後公民館から産業課に異動してしまいましたが、ここでも腰痛に悩む人たちを何人も見て、その度に鉄棒の効用を説いたものでした。ところがその私がこともあろうか年に一度程度ぎっくり腰で悩まされる事になったのです。私はその都度忙しさの余りに鉄棒にしがることを思い出すのですが、結局はこれまた忙しさの悪循環で忘れていまい、ぎっくり腰をくり返してきました。

 最近はさすがに体力の衰えが目立ち始めたので、少々忙しくても鉄棒だけにはすがりたいと、毎朝な夕なすがったり懸垂したりをくり返しているため、今は腰の調子もすこぶる良く、先日は人間牧場の草刈り後のリハビリにも使っているのです。最近では年老いた親父も子どもが昔やったように踏み台を持ってきてすがっています。親父は数年前に自転車で交通事故に会いました。その時の後遺症で腰を痛め未だにコルセットが放せませんが、親子で同じ腰の悩み解決のために鉄棒にすがって暮らしているのです。

 わが家の鉄棒はすがる鉄の部分がいくらか曲がっています。何年か前池に飼っていた鯉のために庭に井戸を掘りました。打ち抜きでは中々でないため、今度はバックホーで掘り進んだのです。僅か目と鼻の先なのに、今度は水路に当り、その井戸は今も絶えることなく菜園の水として使い続けているのです。井戸掘りの折業者さんがこの鉄棒にワイヤーを掛けて作業をした折重圧がかかって曲がってしまいました。業者さんは弁償するといったのですが、そのままでいいと断り、今もそのままの状態になっているのです。でも鉄棒にすがるのにはなんら問題はなく、このままこれからも使ってゆくことでしょう。

 昔子どもが小さい頃は庭にブランコがあり、私の趣味だった盆栽が棚に無数並べられていました。それらは子ども成長や私の趣味変化によって姿を消して昔の片鱗は何処にも見当たりませんが、鉄棒だけが昔を懐かしむように立っているのです。

 これからも、この鉄棒にすがって健康でありたいと願って、今朝も鉄棒にすがりました。

  「鉄棒に 毎日すがる 効果あり ギックリ腰も 当分病まず」

  「懐かしき 思い出つまる 鉄棒に 帰省の息子 すがりしみじみ」

  「踏み台に 上がってすがる 背の低さ 親父縮んで それでも背伸び」

  「近頃は 懸垂挑戦 してみるが 五回限界 俺も歳だな」



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