shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年8月17日

○スイカが美味い

 お盆の頃が夏の盛りで、高校野球、オリンピックのようなスポーツから帰省、夏休み、盆踊り、海水浴、夏祭り花火、お墓参り、水不足冷房、扇風機、ウチワ、打ち水、かき氷などなど、夏の季語となるイベントや風物が思い出されるこの頃です。私にとって夏といえば何といってもスイカです。「お父さんは夏はスイカで生きているようなものだね」と妻がいうように、毎朝昼晩の食事時だけでなくおやつもスイカですから、文字通りスイカで生きているようなものなのです。妻は私のスイカ好きを知っていて、毎年この頃になるとスイカの名産地へスイカを買いに行くのです。

 スイカの名産地は別に遠い所でなく同じ双海町内にあるのです。普通の人は国道56号線沿いの中山町との町境付近にあるため中山町だと思っている人が多いようですが、れっきとした双海町分なのです。多分双海町という地名から連想するのは海ですから、こんな山沿いに双海町があるはずがないと思うのは無理からぬことなのです。松山から国道56号線を走り伊予市の市街を抜けると急な山道に差し掛かります。犬寄トンネルの次の短いトンネルを抜けるとため池が見えてきます。通称おきよの池です。その昔大洲藩主加藤公のご子息の乳母として大任を果たした五郎兵衛の妻おきよの願いを適えて造ったと伝えられています。その池の周辺には畑にゴロゴロ無数のスイカが転がっています。そして国道沿いにはスイカを売る店が幟を立てて沢山並んでいるのです。お盆を挟んだ1ヶ月間は猫の手も借りたいような忙しさだそうで、対面で売るスイカ販売はどことなく田舎の風情を感じるのです。竹で掘っ立て小屋を作ったような簡易なものから最近は駐車場完備、トイレ付きという設備の整ったものまで千差万別ですが、それぞれの店にお客さんがついて、結構繁盛しているようなのです。

 妻はここに店を出している赤尾さんという女性の店でもう10数年スイカを仕入れているのです。赤尾さんは妻と一緒に民生委員をしていたこともあってすっかり知り合いとなり、私がスイカが大好きなのを知っているため、大負けで分けてくれるのです。

 山スイカと呼んでいる東峰のスイカは確かに他所の産地のスイカに比べると味は抜群で、食感もシャキシャキしていて幾らでも食べれます。どのスイカを食べても不味かったというのがないというのは、信用第一といってもいいでしょう。体の都合でお酒を辞めた10年前からは、「お酒代だと思うとスイカは安いもの」と、大奮発をして大量に仕入れてくるので、お盆を挟んだ一ヶ月間は、東峰の赤尾さんのスイカで元気に生かされているのです。

 先日親類からお魚を貰ったので、おすそ分けのつもりでお魚を届けたお礼に、見たこともないような大きなスイカをいただきました。食べるには家族の人数が増えるお盆あたり、しかも冷蔵庫が空いた時と勇気がいる決断が必要なため、ダイニングルームの隅に転がしていました。

 ところが帰省した息子の息子、つまり私の孫希心が何を思ったのか知らぬ間に、居間からダイニングルームへハイハイしてやって来て、スイカを転がして遊んでいるのです。これを目敏く見つけた息子は、「父さん、デジカメで写真を撮って」とせがまれました。早速2枚の写真を撮りました。一枚目はお父さんの介添え付きの写真です。残念ながらお父さんの顔は没でした。


 この写真は「孫とスイカ」でなく「スイカと孫」の方が正しいのかも知れません。孫は少し肥え気味なためか伝い歩きはするのにハイハイが苦手なようでしたが、間もなく8月31日に誕生日を迎えるようになったこの頃、ハイハイができるようになって、そこここと這い回っているようです。

 間もなく娘の家族も大阪から帰省します。その時はこのスイカを切って思う存分食べたいと思っているこの頃です。

  「夏来れば スイカを思う そのくらい 三度の食事 スイカを食べる」

  「酒止めて 私のために 妻毎年 スイカを買いに 山里通う」

  「顔よりも 大きなスイカ もて遊ぶ 孫は間もなく 一歳となり」

  「このスイカ 味はどんなと 皆叩く 早く食べてね ポンポンポンと」  



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