shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年8月4日

○三井典行さん55歳のご逝去

 最近私の身の回りで、私より早く人生を終える人が目だっています。今日は前双海町商工会長だった三井典行さんが亡くなり、その通夜が営まれるというので伊予市の葬祭場へ出かけました。最近は葬儀どころか通夜までも葬祭場でするため、私の町のように葬祭場のない地域では車で出かけなければならず、車に乗れないお年寄りは参列したくても中々参列することが出来ず、心残りな人もいるようです。

 それでも三井さんの生前の幅広いご厚誼を物語るように通夜には沢山の人が参列していて、在りし日の三井さんを偲びました。

 三井さんは私の末の弟勝彦とおない年の55歳です。若くして商工会長の副会長や会長を歴任し活躍したため、それ相応の年齢に勘違いされましたが、今朝の新聞のお悔やみ欄を見て皆一様に歳の若さに驚いたようです。今日は喪主の奥さんと典行さんのお父さんが列席していましたが、若くして夫をなくした奥さんも、自分より先に逝くお父さんも無念の涙を流し、参列者の涙を誘いました。

 三井さんはいわゆるUターンです。広島に支店のある銀行に勤めていた頃奥さん(多分広島県尾道辺りの出身では)と知り合い、船に乗ってお輿入れした瀬戸の花嫁なのです。この話題は数年前NHKのテレビで小柳ルミ子が下灘駅にやって来た折全国に紹介されました。

 彼はUターン後酒屋と旅行業を興し、様々な活躍をしました。小さな田舎の酒屋でありながら全国の名だたる銘酒を扱い、特に銘酒の誉れ高い久保田の特約店として、松山辺りからも買い求めにやって来るほど知名度の高いお酒屋さんなのです。旅行業を営むため酒店はもっぱら愛嬌のいい奥さんが切り盛りしていましたが、おしどり夫婦と呼ぶに相応しい仲でした。旅行業も小さな田舎ながら活発に展開して、何度も一緒に旅をしましたし、その都度遅くまで夢を語りながらお酒を一緒に飲みました。

 商工会は今年の春中山町と双海町が合併し双海中山商工会となりましたが、合併直前の会長であり新組織の副会長に就任していましたし、そのご縁でシーサイド公園を管理運営する第三セクター有限会社シーサイドふたみの代表取締役として活躍されました。数日前も所長さんと三人で話し合った矢先の訃報に驚いてしまいました。三井さんは銀行に務めていたため経済に明るく、それでいて新しいことにも挑戦するなど常に前向きな人でした。1年前くらいから体調を崩してただでさえ痩せた体がさらにほっそりして、周りを心配させていましたが、それでも気丈な方で弱音を吐かず最後までシーサイドの運営についても心配をしていたようです。

 今日の通夜では久しぶりに何人かの人に出会いました。親父の同級生で今は他所の町に住んでいる井上サカエさんは90歳ながら変わる様子もなく矍鑠として通夜に参列していました。「お父さんは元気」と親父のことまで気にしてもらい恐縮です。三井典行さんと親類の三徳電器社長の三井新太郎さんとも久しぶりの再会です。新太郎さんは私の直ぐ下の弟と同級ですがご活躍で、これまで様々なご支援をいただいているので懐かしい出会いです。また元商工会長で私と従兄弟の西下芳雄さんとも久しぶりに出会いました。奥さんが少し病弱で炊事をするなど苦労しているようですが、まあ元気に歳をとっていました。また関西汽船の浜田さんにも出会い、さらには懐かしい私の生まれ在所の方々の顔にも出会い旧交を温めました。これも三井典行さんのお導きと考え、冥福を祈りながら葬祭場を後にしました。

 明日は重要な仕事があって葬儀には参列することが出来ず、帰り際最後の分かれてして亡き典行さんのご尊顔を拝ませていただきました。穏やかな死に顔でした。

  「また一人 早いあの世の 旅立ちを 涙ながらに 寂しく送る」

  「穏やかな 死に顔拝み 葬祭場 フロントガラスに 消えては浮かび」

  「酒愛し 旅を愛した 男逝く これも生き方 短き命」

  「抹香を 手向けて煙 立ちのぼる 涙こぼれて ハンカチ拭う」  

 

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