shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年5月18日

○地元での講演

地元には商工会、農協、漁協、森林組合などの産業団体がありますが、農協の合併を皮切りに様々な団体が統廃合を行って、随分様変わりをしています。双海町には農協系として農協と果樹園芸組合が二つずつありましたが、それが全てJA中央えひめという巨大な組織に統合され支所が2つになりました。本部から見れば5500人程度の取るに足らない町に2つも支所を置くことは合併のメリットがないといわんばかりに合併の条件にしていた諸施設の整備を渋っていて、地元の農民からはいつも「約束が違う」というブーイングが聞こえてくるのです。幸い2支所には金融部門があって統廃合が出来ないことが幸いして今のところ2店舗を堅持しています。わが町はみかんを中心にした果樹農家が多く農協と園協という団体がまるで犬猿の仲のようにしのぎを削って活動してきました。全農系と日園連系という系統の違いから組織も運営方法もまったく違ったものだったのですが、いつの間にか統合し現在の全農系になっていました。でも末端では未だに従来組織の未練が尾を引き混乱しているし割り切れない気持ちがあるようです。

 一昨日園芸組合系総会の記念講演を頼まれ出かけました。ブログにも書いたように繰り上げの勘違いと間違いで2日も前に出かけたいわくのある集会です。総会行事は午後3時から午後4時までで、午後4時から記念講演という事になっていたため午後3時過ぎに会場入りしそこら辺で時間を気にしながら過ごしましたが、総会が長引き何と記念講演が始まったのは16時40分からでした。私はこの日愛媛大学の講義日で午後4時から始めても午後5時には終わるだろう、そうすれば高速道路を使えば何とか講義時間に間に合うだろうと逆算して講演を引き受けたものですが、間違いと勘違いでテンションがダウンしている上にイライラが募りいの痛むような時間でした。予め大学へは30分遅れの予約を入れてはいるものの、それでも講演の内容に不備があっては失礼と思いを込めて70分間熱弁をふるいました。講演が終わったのが午後6時なのでとりあえず降り出した雨の中を車を走らせ大学の授業は大幅に遅れましたが、待ってくれていた学生を相手に1時間弱の講義を終え、二つのお座席をヘトヘトになりながら務めました。

 総会の会場となったコミュニティセンターホールはほぼ満席の状態でした。参加者は子どもの頃から知り尽くしている方々ばかりで、顔や目が合う度にあちらこちらから笑顔の会釈が返ってきて懐かしさがこみ上げてきました。私の話は11時間半の組み立てを1時間10分に縮めて早送りしましたので、少し理解できない部分もあったかも知れないと反省をしていますが、「下灘発元気印」と題した講演は概ね次の通りです。

 1、双海町をフィールドにした私の今までの活動

   ①漁師としての7年間

   ②青年団活動の8年間

   ③公民館主事としての13年間

   ④結婚披露宴537組の司会活動

   ⑤広報ふたみ10年間240号の執筆活動

   ⑥夕やけコンサートなど20年の夕日を資源にしたまちづくり活動

   ⑦20年で100人の人を育成した人づくり活動

   ⑧退職後下灘に設置した人間牧場での2年間の活動

 2、四国で頑張る4人の人たちとその発想の原点

 3、私のふるさとづくりの原点と想い

 4、人間4つの願望

 5、下灘元気印への提言

 昨日は、講演に参加した方々からお電話をいただきました。感想や激励です。「懐かしかった」「いい話だった」「人間牧場へ是非行って見たい」「これからも頑張ってください」などなど様々な反応でした。私はその方々にハガキを書きました。多分今日は届いた予期せぬハガキに驚くことでしょう。

  「面映い 感じで話す 壇上に 笑顔の反応 嬉し恥かし」

  「講演を 終えていただく 鉢植えの アジサイ綺麗 俺に似合って」

  「久方に 昔の顔が そこにある みんなそれぞれ 歳をとったな」

  「進み行く 時代の流れ 何故故に 後退するのか 田舎暮しは」

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