shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年5月3日

○ブログへの書き込みメール

 今朝インターネットのメールを開いてみると、久万高原町に住む友人からブログへの書き込みがありました。一昨日四国八十八ヵ所遍路について私が書いた記事を読んでのショートコメント感想でした。私のような名もなきに等しい田舎のおじさんの書いた文章でも、読んでくれる人がいるのかと思うとつい嬉しくなりました。決して褒められたことではない私たち夫婦が10年以上もかかって八十八ヵ所のお寺参りをしたことなので書くまいと思いつつ、それでも私たち夫婦にとってはささやかな家庭の歴史なので書いてしまったのです。メールをくれた渡辺浩二さんはもう二十年を超えての知人だし、彼の名刺には書き込めないほどのボランティア活動への深いかかわりが記してあり、私もそれなりに社会活動はしているつもりでも、渡辺さんの足元には到底及ばないと日頃から敬意を表しているのですが、彼のひたむきな努力が際立って光るのは「四国へんろ道文化世界遺産化の会」の事務長という肩書きです。私が所属するえひめ地域づくり研究会議の活度から始まったこの活動も、まるで浮き草のように浮いては沈む細々とした活動でした。今では昨年のユネスコ世界遺産暫定一覧表追加リスト候補となり一躍脚光を浴びることとなりましたが、その陰にはひたむきな彼の努力があったことを知る人は少ないのです。商工会に勤める超多忙な身でありながら署名や遍路道清掃活動、会の運営など裏方を一手に引き受けてやってきました。多分彼の半生で一番熱意を込めた仕事ではないかと思うのです。何の代償もないのに・・・・。多分彼が人生を終えてあの世に行ったら間違いなく御仏は彼を天国へ導くことでしょう。ちなみに私は無信心な男ゆえ地獄行きの切符を手渡されるかも知れないのです。

 さて私は、この八十八ヵ所参りで果たして何を学んだのでしょう。渡辺さんのメールを見ながらふと考えてみました。整理も出来ないまま思いつくままに4つだけ書いてみます。

 ①自分を見つめることが出来た

 私は八十八ヵ所のお寺を巡る度に自分という人間を見つめることが出来たように思います。人間は自分というもう一人の自分と常に自問自答しながら生きています。特に自分という身体にもう一人の嫌な自分が巣篭もっていて、間違いや失敗、ねたみや差別など様々な喧嘩を仕掛けてきます。その都度喧嘩に勝てば善道を、負ければ悪道を歩むことになるのです。人間はしみじみ弱いものだと思います。金や食欲、性欲、名誉などをちらつかせ執拗に追い掛け回してきます。人の判断には3段階あって、好きか嫌いか、損か得か、善か悪かで判断しますが、若い頃は好きか嫌いかや損得勘定で行動したものです。でも神仏と向かい合うと不思議なことに善悪での判断となるのです。人間は超自我の世界を極めようと努力しますが、中々超自我の境地にはたどり着けないものです。でも少なからず自分と向かい合って生きれるようになったのは遍路のお陰だと思うのです。

 ②自分の生き方を探すことが出来た

 自分の道は知らず知らずのうちにある決められたレールの上を走っています。いくらその道の途中で嫌だと思っても中々外れ難いものです。我慢をして我慢をして生きてきた結果今の自分があるのです。でもそれは現在から過去に通じる道だから、未来への道は幾らでも切り開いて行けるのです。自分は何が出来るのか、自分は何をしたいのか、様々なことを仏に祈りながら考えました。その一つは人間牧場構想でした。10ヶ寺を巡った頃、私は「人間牧場を作る」という決心を仏に誓ったのです。目標時限を60歳に定め様々な策を巡らしました。どんな物を作りたいのか、場所を何処にするのか、資金はどう工面するか、どんなことをしたいのか等について仏様と話しました。仏様は答えてはくれませんでしたが、仏様と約束をしたと勝手に思い込み、60歳定年で役場を退職したのを機に実行に移し、念願を成就することが出来ました。他の人のように「幸せになりますように」なんて他力本願的な祈りは一切せず、想いのスキルアップに八十八ヶ所を選んだ私は馬鹿なのでしょうか。人間牧場に足を運ぶ度に遍路の不思議な魅力を感じるのです。

 ③家族を見つけることが出来た

 私は家族を忘れていました。空気を吸って生きている人間、水を飲んでいる人間、空気も水もあるのは当たり前でその存在すら人間は殆ど考えることもなく生きています。家族もそうです。一つ屋根の下に住んでいるから家族と思って暮らしていますが、果たしてそれだけで家族なのでしょうか。思いを寄せて生きなければ家族とはいえないのです。ドアで仕切られた密室に生き、別々の物を食べ、別々の時間で行動することの多くなった現代家庭は家庭であって家庭でないようなところがいっぱいあるのです。夫婦の人間関係、親子の人間関係はどうなっているのか、夫婦で巡った八十八ヵ所では様々なことを夫婦で話し合いました。時にはお寺参りだのに昼飯や迷い道など些細なことで喧嘩もしました。でも端々で家族を見つけられたように思います。

 ④他人の優しさや自然の豊かさを見つけることが出来た

 いやあ驚きました。四国がこんなに広いとは。行く先々で接待や優しい人の心にも沢山接しました。また春夏秋冬の優しくも厳しい季節を感ずることが出来ました。特に自然の豊かさには関心しきりです。冬は暖房、夏は冷房という暑さも寒さも知らぬまま、また季節の移ろいも知自然回帰はしましたが、ものの比ではありませんでした。

 「生かされて生きる」という言葉を感じたのも八十八ヵ所だったように思うのです。

 これから高野山参りとお礼参りが続くものと思われますが、今までの旅のスタイルを崩すことなくあくまでもマイペースで祷りの旅を続けたいと思っています。渡辺さんありがとう。

  「遍路って 言われてハッと 気がついた 自分を探す 旅だったんだ」

  「名もなきに 等しき俺の ブログにも 友はメールで エールを送る」

  「窓越しに 達筆和尚の 筆使い 眺めて感心 あの日あの時」

  「何が出来 何が出来るか 何し

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shin-1さんの日記」への1件のフィードバック

  1. 渡辺浩二

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    どういたしまして。進ちゃん、ありがとう。若輩の小生にとりましては、学兄の日記史上、最大・最高・至福の賛辞を賜り、極楽に昇った心地で一杯です。照れるし恥じ入るばかりです。これからも、へんろ道のごとく迷いながら、あえぎながらも、同行二人三脚でトボトボしっかりと、歩んで参りましょう。5月3日憲法記念日 久万高原町・渡辺浩二

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