shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年5月1日

○四国八十八ヵ所遍路参りついに完結②

 今治には平成の合併によって四国八十八ヵ所のお寺が玉川の仙遊寺なども加わって記憶だと4つになりました。今回のお参りは南光坊と延命寺です。警察官である息子に駐在所で教えてもらったとおりの道を進んで最初は南光坊へ向かいました。この辺りは息子が警察官として第一線に配属された時官舎を探してうろうろした別宮という場所なので目印となる建物や周辺の町並みを覚えていましたし、一昨日はゴールデンウィーク真っ只中なのに意外と車の混雑もなくスムースに行けました。

 納経所で納経帳と掛け軸に達筆な寺独特の梵字を書いてもらい、ドライヤーで乾かしながら行く人来る人の話を聞きました。

観光バスで先達を務める人でしょうか、納経帳を50冊余り風呂敷に包んみ汗だくでやって来ました。窓口には団体専用があって、私たちのような個人参りとは区別していて大助かりです。お寺さんの中にはたった一人で納経帳を書いている所もあって、かなりの時間待たされたことも何度かありました。でもそれももう懐かしい思い出なのです。私たちは最初納経帳だけから始めたものですから、掛け軸はまだ何か寺が残っています。この続きは一度高野山にお参りをしてから、お礼参りで完成しようと考えています。

 さていよいよラストの延命寺です。最後くらいは間違わないように行こうとカーナビに電話番号で入力し、10分足らず向こうのゴールを目指してさっそうと向かいました。「最後のお寺が延命なんていい名前だね」と二人で話しながら進みましたが、健康で長生きをしたい気持ちありありのようです。


 同行二人の旅ならぬ妻と孫と弘法大師様を加えた同行四人で四国八十八ヵ所のごーるに到着しました。遍路参りを思いついて10年余り、この間、仕事、教育長就任、胆嚢手術、怪我入院、えひめ丸事故、母の死、市町村合併、退職、人間牧場開設など、私を巡ることだけでも数えればきりがないほどの出来事があって、まさに激動の時代でした。その度に弘法大師様のご加護でしょうか難関難儀をかいくぐりここまでやって来ました。妻にとっても同行の孫にとっても大きな出来事だったに違いありません。妻は私に、私は妻に、そして孫は両親に感謝の祈りを加えて少し長めの祈りを捧げました。さっきまで気がつかなかった周りの空気が一瞬何か晴れたような別な世界を感じました。これが八十八ヵ所参りの充実感というものなのでしょうか。

 孫はお寺の境内に店を構えているおばさんから風船を貰い、出口でアイスクリームを買ってもらってご満悦でした。

 娘が書店ギャラリーで開かれている母の日のお母さん似顔絵展へ、孫の作品を見学に行って留守なので、時間調整のつもりで、奥道後やマンションの直ぐ近くにある道後の裏の松山神社と常信寺を散歩ました。

(奥道後の石手川に架かった赤い太鼓橋、周りの緑と映えて美しい景色でした)

(少し高いように感じる藤棚でしたが、日本でも屈指ではないかと思われる長くて立派な藤棚が三重に長く続いていました。道端には早くも野イチゴが沢山赤い実を付けていました)


(葵のご紋のある立派な松山神社の山門です)

(松山神社の直ぐ裏手の道からは松山城がまるで絵に書いたように見えました)

(常信寺の山門近くにある藤棚の藤も見事でした。桜の季節に訪れて以来ですが、若葉の季節や藤の花に彩られた境内もしっとりと侘び寂びを感じて美しいものです。間もなくアヤメが咲くでしょうが、近くに来たときまた訪ねたいものです)

 妻は始めて見る奥道後の藤、松山神社の神社の格式、常信寺の境内などに目を白黒させて驚き、孫は知らず知らずのうちに凄い運動量をこなしたようでした。

  「幾度なく 行っては帰る 遍路道 やっと完結 思えば長し」

  「孫連れて 同行四人の 寺参り 季節巡りて 藤の花咲く」

  「納経の 一つ一つに 思い出が 記憶捲りて 二人懐かし」

  「狭いけど 広いと感じた 四国路を 次は何時から お礼参りに」

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shin-1さんの日記」への1件のフィードバック

  1. 渡辺浩二

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    進ちゃん、浩二です。この日のあなたがた家族は敬虔で、すっごーい、と思いました。四国へんろ道の世界遺産運動に大きな力を得た日記となりました。サンキュー。

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