shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年3月24日

○久万高原町の木にこだわったまちづくり

 今日は昨日とうって変わった天気で、早朝から雨が降り始めました。低気圧の影響でしょうか海は南西の風、ここら辺ではやまぜの風が吹き荒れて、何もかも飛んでしまいそうな強風でした。昨日の天気がまったくウソのような感じで、今日はそんな雨の中を約1時間あまりをかけて久万高原町で開かれた「木にこだわったまちづくり」のお手伝いに出かけました。私と愛大名誉教授の猪瀬理先生がそれぞれ30分間づつ基調講演を行い、その後のパネルディスカッションにつなげようとするものです。猪瀬先生は長年久万長と関わっているので、専門的見地から木について理路整然とお話されました。久万町へは河野町長さんや渡部助役さんの時代から何度となく訪れていますので、大体のことは分っているつもりなのですが、いざまちづくりについて語るとなると30分といえども基調講演ですから手を抜くことは出来ません。


 私は今朝書いたレジメを前半話し、後半は「もし私が久万高原町長だったら」という次のような話を木になぞらえて話しました。木・林・森という漢字があります。木=虫の目、林=人の目、森=鳥の目、木を生かそうと思えば林や森の視点を持たなければなりません。

①賑わいの復活

 先日仁淀川町を訪ねた時の印象を話しました。国道33号線はかつてのような交通量が八の字高速道路の完成によって激減しています。松山からだと遠回りのように思える川之江ジャンクション経由だと2時間で高知市へ行けるのに、久万経由だと相変わらず3時間もかかるのです。道は山を縫うようにして曲がりくねっており、快適さを求める現代人に敬遠されるのは当たり前でしょう。松山からそんなに遠くない位置にあるのに三坂峠の存在が遠いイメージを持たせているのです。現在掘っているトンネルの一日も早い完成を待ちたいものですが、アクセスの整備はぎょせいの大きな仕事であることの認識をしっかり持ち、トンネル開通後のまちづくりプランをしっかり練るべきだと言いました。賑わいは交流人口の増加です。賑わいを創出するためには事を起こすことや拠点の整備をしなければなりません。ふるさと村のイメージが定着していますが、この20年で交流の相手は随分変わってきたことの認識も必要です。

②健康のイメージづくり

 花粉症がひ弱くなった現代人の病気として認知されていることは、春先の花粉情報でも明らかです。杉の町=不健康な町では困ります。スギ花粉だらけの町に住んでいる人が何故過ぎ花粉症にならないのかもっと考えるべきです。森林浴やマイナスイオンの里など森林の持つ健康を強調すべきだと思うのです。合併によって面河・美川・柳谷が加わって久万高原町の森林政策は大きな魅力を増しました。落葉自然林ゾーンが出来たのです。水源涵養や環境問題にも派生する森林政策がより重みを増しています。健康イメージを復活したいものです。

③情報化時代に対応する

 徳島県上勝町や愛媛県内子町の農業がパソコンで息を吹き返しました。マーケティングまではいかなくても、インターネット情報が主流の時代を生き残って行くためには、情報鎖国の状態では困るのです。参加した人の殆どの人の頭は白髪の白骨林、毛が抜けた禿山に似ている、新しい情報という木を植えなければなりません。竹森さんがいうように都会には第二のふるさとを求めているし、健康な生き方を田舎でしたい人がいるし、安心安全が脅かされる都会に住むことへの危機感を持っている人が沢山います。田舎暮らしの情報を求めているのに久万高原町からの情報発受信は残念ながら皆無なのです。「誰に来て欲しいの」と尋ねられたらどう答えるか。交流は松山圏内、定住は全国募集というターゲット意識をしっかり持つべきなのです。

④町の魅力をつくる

 久万高原町千年の森運動、シンボル的ツリーハウス、久万産材の迎賓館、木になるカバンの製作、机の天板を贈る卒業式など新しいアイディアを私なりに提案しました。参加した人たちがどう受け止めたかは知る由もありません。でも魅力とは結局青い鳥ではなく町民のやる気の行動でしかないのです。まちづくり、魅力づくりは自分づくりなのです。


 最後に町長さんが「木にこだわりのまちづくり宣言」を読み上げました。その内容はまちづくり、久万の家の建設、久万材を使った家づくりの推進の三つでした。「今日が始まり」という言葉が印象的でした。


 

  

  「町長の 意気込み 感じつ 話する 顔の向こうは 昔若者」

  「人車 減って寂しや 遍路道 桜雨打つ 道をとぼとぼ」

  「一年中 緑覆わる 久万の町 春夏秋冬 同じ服着て」


「笠地蔵 昔話で 聞いたっけ 三坂峠の 坂を登りつ」

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