shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年3月20日

○県民フォーラムに参加して・秋田ルポ④

 日本全国各地では地域の活性化を目指して様々な地域おこし塾が開かれていますが、官が仕掛けた塾は未塾半塾な塾が多く塾々やってて、長続きしない塾が多いように思います。愛媛県の場合もかつては県の号令で各地に若者塾や女性塾が立ち上がり、交流会なども持たれていましたが、その後支援のための助成金がなくなったり手を離すと途端に止めてしまって、今はその殆どが見る影もない有様です。多分その殆どは行政が言うからやる、金があるからやるで、殆どが自らの力でうごいていなかったのです。塾本来目的は、自己実現とふるさとのために何が出来るか考えるためなのですが、完塾しないままに萎んでしまって、立ち上がれない姿を見ると、安易に手を出し安易に手を引くお勝手行政のやり方も問題があるし、その誘いに乗って何もせず傍観している塾生にも問題があるようです。

 そこへ行くと私が主宰したフロンティア塾は1年で4回、10年間で40回を目指し、一回の塾は時計一回りで12時間と、徹底討論をしましたし、目標どおり10年間で40回の塾を見事やりきりました。春は青春塾、夏は朱夏塾、秋は白秋塾、冬は玄冬塾と命名し、竹村健一さんや永六輔さんを迎えてそれは楽しい塾でした。塾を長続きさせるコツは塾と塾長の基本理念がしっかりしていること、楽しみづくり、しくみづくり、値打ちづくりがしっかりプログラムの中に組み込まれていること、目標がしっかりしていること(40回とか、希望講師とか)、参加者が経費負担をすること、学びの拠点となる場所が確保されていることなどがあげられますが、それらの条件を持ち合わせてもなお塾の経営はかなり厳しいものがあるようです。

 さて今回の県民フォーラムの土台となっている「まち育て塾」はそれらの条件を持ち合わせているでしょうか。外目から見ると残念ながら少し魅力に欠けるようです。勿論塾の魅力は参加した人自らがつくるものですから、仕掛けている行政や塾長の責任だけではありません。でも半塾な塾が完塾になるためには、今年度の反省をしっかり踏まえ、魅力を増すようなプログラムの内容と運営に意を注がなければならないと思います。

 私たちは年に1度移動塾と称して塾生の中から手を上げた町や村へ講師を連れて行って、地域の人を巻き込んだまちづくり議論を楽しくやりました。幸い塾長には青森県弘前大学の北原教授が就任し、事務局となる建築住宅課の北田課長さんも国土交通省の出向ながら熱い思いを持った方なので今後の塾の発展に期待を持ちたいものです。


 この日のフォーラムは午後の前半が私の基調講演、後半は塾生代表の発表を中心とした北原塾長をコーディネーターに据えた討議でした。先生の軽妙な語り口はさすが専門家で、私と北田課長さんを巻き込んで楽しいお喋りとなりました。時々コメンターとしての意見を求められアドリブで話をしましたが、北田課長さんは国土交通省の前は内閣府で観光カリスマ選定の仕事をしていたそうで、私が東京高輪のプリンスホテルで話した講演録を覚えていて、ハーモニカを吹いたことを思い出して、ハーモニカを吹くよう誘導され、その口車に乗って秋田の地で性懲りもなくハーモニカまで吹いてしまいました。北田課長さんは政府のお役人って感じはどこにもなく、「赤トンボ」や「夕焼け小焼け」にまつわる心の琴線に触れるような人間臭い思い出話を沢山聞きました。再びお会いしたい縁の深い人でした。

 明くる日は土曜日ながら移動日で、仕事も終わってホッとする日です。休みにもかかわらず桜庭さんがホテルから飛行場まで送ってくれました。飛行機で羽田まで飛んで東京で降り、夕方まで2人の人と打ち合わせを行い、乗り継いでふるさとへ帰って来ました。寒さに震えながら、それでいて心はポカポカの秋田の旅でした。

 追伸、政策監の竹村寧さんから早速に美しい絵ハガキが届きました。アスパラの新芽を描いたものです。素晴らしい絵ですね。

私もこんなハガキが書けたらと羨ましく思いましたし、私に負けないくらい素早いハガキに脱帽です。

  「思い出を 捲るが如き 絵葉書の 届きて嬉し 顔思い出し」

  「ハーモニカ 吹けと隣で 課長さん 言うものだから 調子に乗って」

  「北原さん 課長も北田 俺も来た 話弾んで 北国ホット」

  「雪雲の 中より出でし ふるさとに 帰りて風の 温か感じ」

[ この記事をシェアする ]