shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年3月13日

○忙しい一日

 昨日は久しぶりの忙しい一日に午前中は松山市で3時間講義、午後は旧野村町で1時間半講演、夕方は氏神様である天一稲荷神社幣殿新築上棟直会、夜は上灘中学校評議員会と4つもの会をこなしました。さすがに「疲れたなあー」と感じる一日でした。夕方の飲み会と夜の集会は主体的ではなく幾分自由で気が抜けましたが、昼飯も食べず松山から野村まで2時間の移動時間を挟んで都合4時間半のお喋りは少々きつい感じもしましたが、それでも行く先々で出会いと確かな手ごたえがあって心地よい疲れのようです。

 最近朝か昼には妻と二人でNHKの「芋たこなんきん」という田辺聖子原作のホームドラマを見ますが、藤山直美演じる主人公の町子と石田あゆみが演じる秘書を見ながら、「俺にも秘書がいたらどんなに助かるだろう」と思ったりします。作家の町子ほどではありませんが、私も昨日のような忙しさだと、ついついポカをしてしまうのです。

 例によって昨日は9時からの講義だったので松山入口の渋滞事情を考えて7時30分にわが家を出ました。案の定藤原町付近で渋滞に会い、結局は約束の30分前に会場となる身体障害者センターに到着はしましたが、その折家を出て500メートルの所にある旧役場前で、上灘中学校の奥村先生が朝の交通指導をしている姿を見ました。その姿を見てとっさに忘れていた夜の評議員会を思い出したのです。早速渋滞で停まって動かぬ車から家へ電話をしました。上灘中学校の電話番号を聞くためです。先日携帯を取って警察に捕まった苦い経験があるのでそこは慎重に法に触れない程度にやりました。幸い息子が家にいて電話番号を聞きだし、早速教頭先生と今晩の集会を確認し事なきを得た次第です。息子は電話を切る時「このところの僕はお父さんの秘書みたい」と言うのです。確かにこの2年は午後から学校に通う息子が家にいる機会が多く電話番をしてくれたのです。その息子も間もなく就職するので少しばかり残念です。本当は妻に私のホローをしてもらいたいのですが、妻も孫の世話やパートの仕事に加えおじいちゃんの世話と一人何役もこなしているので、これ以上は無理がいえません。この上はもう少し自己管理に気配りをしポカの出ないようにしたいものです。でも朝奥村先生を見かけなかったら夜の集会は失礼な話ですが完全に忘れていたでしょう。

 午前の会はシルバーさん8人を相手の小さな会議での講義でした。キャップの杉本さんの仕切る会議のため請われるままに馴れぬレジメを出し、レジメがプリントされて皆さんに配られていたのでハプニングの連続でした。シルバーさんなので出来るだけ休憩を取って出来るだけゆっくり喋ろうと思って始めたのですが、前半の社会の変化と子どもたち、中盤の家庭の変化とこどもたちに予想以上の時間を食って、後半の学校の変化と子供たちや逞しい子どもを育てるためにはほんのさわりだけに終わってしまいました。返す返すも残念でした。でも参加した人は私たちと同年代に生まれ同年代に育ち、同年代に生きてきた共有意識が根底にあるようで共感・共有の話になったようで一安心でした。

 午後の会は野村町で活動している金融広報実践地区あさぎりの総会でした。会場はやく80人で満員の盛況でした。「心豊かに生きる」というタイトルでお話をさせてもらいました。田舎の穏やかな気質にも助けられあっという間に笑いの絶えない講演会は終わりました。会場には知人友人も沢山いて旧交を温めたり、ひな祭りの季節でしょうか机の上には美味しそうな雛豆が置いてあり、それをかじりながらの講演会でした。帰りには野村特産の珍しい地酒を2本も土産にいただき、早速親孝行のつもりで親父の土産にしました。

 昨夜はさすがに疲れたのでしょうか、「お父さん、夕べは軽いいびきをかいていましたよ」と一緒の布団で寝た妻に今朝言われました。普通は風呂から出て書くブログも夕べは書かずに寝てしまいました。

  「秘書もなく 日々の仕事を 組み立てる 時々ポカの あるは当然」

  「俺の秘書 ならぬか妻を 誘ったら いいですハンソン 洒落で断る」

  「日に四つ 少々無理な 日程を こなして寝息 疲れを語る」

  「ああ俺も 歳だな予定 忘れてた でも事なきは 天の助けか」



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