shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年3月3日

○雨過天声雲破処

 五年前に出版した私の自著本「昇る夕日でまちづくり」の前書きに、雨過天声雲破処」(うかてんせいくもやぶれるところと読みます)という言葉を書きました。雨上がりの西の空に何ともいえないような綺麗な光景を見ることがありますが、それが北宋時代の皇帝が好んだ焼き物の色だと教えていただいたのは恩師からの手紙でした。昨日の6時ごろ孫と一緒にシーサイド公園へ夕日を見に行きました。晴れたり曇ったり雨が降ったりとすっきりしない一日だったのですが、夕方晴れだしたので単車に孫を乗せてひとっ走りしました。空一面は黒い雲に覆われているのに西の空が空いてきて、夕日が双海町の海や山や町を真赤に染めて沈もうとしていました。孫は「おじいちゃんあそこで見よう」とさっさと恋人岬の石のベンチを陣取って夕日を眺めていました。私は持ち合わせたデジカメで忙しく400mの砂浜を走り回りながら盛んにシャッターを切るものですから、孫にとっては何とも不満顔で、大きな声で「おじいちゃーん。おじいちゃーん」と呼ぶのですが、私にとっては千載一遇のチャンスとばかりによいアングルを探し回りました。シーサイド公園の景色はもうすっかり春で、私が秘策中の秘策、アイディア中のアイディアを駆使して造った恋人岬のモニュメントに夕日が沈む光景がやった撮れるような季節になりました。最高のシャッターチャンス日は3月22日春分の日なのですが、少し方向を我慢すればどうにか天体ショーの一部始終が見えるのです。

(夕闇迫るシーサイド公園の砂浜や海や突堤)
(夕日の観覧席に座って夕日を眺める孫朋樹です。町中がセピア色に染まりました)

(恋人岬のモニュメント辺りに落ちる夕日)

(夕日がモニュメントの穴にスッポリ入った風景)

(少し位置を変えてモニュメントの右端に造ったくぼみに置いた夕日)

(孫をモデルに砂浜の撮影会です。ちょっと絵になる光景です)

 この撮影が終わって直ぐに200メートル下手の突堤へ行き、違ったアングルで海に沈む夕日を撮りました。この日は最後まで水平線に沈んで、ダルマの夕日になりましたが、残念かな孫が突堤で転んで泣き出してダルマの夕日は撮影が出来ませんでした。それでも美しい天体ショーで、泣きべその孫ですら泣くのを忘れて最後の一瞬まで見ることが出来ました。

(残念ながらアップにすると手ブレが出てこんな写真しか撮れませんでした)

(水平線にかかった夕日)

(ダルマになる前の夕日)

(半円形の夕日。空も海もすっかり茜色に変わっていました)

 思いがけない早春の夕日に心を洗われ孫と再び単車に乗って帰りました。孫にとっても忘れられないのか、家に帰ると「あのねおばあちゃん。今日おじいちゃんとこーんな大きな夕日が産みに沈んだんよ。綺麗かったよ」と誇らしげに話すのです。海の近くに住んでいながら意外と見る機会の少ない夕日を見た思い出は潜在意識として、孫の心の中に残像として残るのでしょうか。4歳の孫にそんな期待は野暮かもしれません。

  「鼻歌に 夕焼け小焼け 歌いつつ 家路を急ぐ 孫と二人で」

  「長閑なり 平和だなあと 思いつつ 夕日眺めて 心癒され」

  「海と空 町まで茜 色してる 自然の力 何とて及ばず」

  「今頃は 地球の裏で 朝迎え おはようさんと 日の出拝んで」

 

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