shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年2月24日

○久万婦人会万歳

 かつてまちづくりの大先輩であった久万町助役の渡部さんが存命中は久万町での集会も多く、よく国道33号の難所三坂峠を越えて久万町へ勉強会に行ったものでした。当時は高速道路もない時代でしたから33号線は伊予から土佐へ抜ける車が列を連ねて行き交い賑わいを見せていました。その後も請う津へ出かけるのんびり旅の時はちょくちょく33号を通るのですが、高速道路に座を奪われてからは車の台数もめっきり減って、昨晩区長会が5時半に終わってくまを目指して伊予市を出発したのですが、何と久万の役場まで40分足らずで到着する速さなのには正直言って驚いてしまいました。

 昨晩は久万長商工会指導員渡辺浩二さんの口添えで久万町婦人会の総会に招かれたのです。区長会が予想以上に早く終わったため渡辺浩二さんに携帯で連絡し、商工会で落ち合って夕食でも食べようという話になって、寿司屋へ案内されました。山の中ゆえもっと別の物をと思いきや、渡辺さんは行きつけの主背に案内をしてくれました。出て来た大将とは食品協会の会合で顔見知りだったりしてすっかり打ち解けた食事となりましたが、その寿司が美味いのなんのって、棚から牡丹餅ならぬカウンターから寿司で、度肝を抜かれました。寿司ネタの美味しさや新鮮さに、海の町で舌の肥えた私でも正直驚いてしまいました。

 町の中心地にある久万公民館に10分前に到着し玄関を入ると、綺麗な花がいっぱい飾られて、これまた男の花道かと見まがうほどで驚いてしまいました。女性の感性といえばそれまでですが、顔なじみの役員さんが演出した会場設営の妙はどんな立派な会場より輝いて見えました。


?講演会は2階の和室に座卓と座布団を並べての設営でした。中に入ると世にいう婦人会の斜陽化など何処吹く風で会場いっぱいの人が集まり、何とも賑やかな雰囲気でした。来賓席には愛媛新聞の支局長さんまで居並ぶ豪華さでこちらがすっかりたじろいでしまいました。

 私の話は約1時間でしたが、阿吽の呼吸とでも言うのでしょうか、私の話が受け入れられたのか、はたまた田舎の女性集団だったためか何時になく反応がよく、笑いの中であっという間に終わってしまった感じでした。おまけに吹いたハーモニカの「ああ上野駅」と「みかんの花咲く丘」の2曲は大きな声を上げて輪唱までしてくれたのです。多分この歌を知っている人たちの年齢は賞味期限が切れてる年代でしょうが(笑い)、自分たちの過ぎ越し人生と流行歌をダブらせながら懐かしさがこみ上げてきたのではないかと思いました。

 「婦人会なんてメリットがない」なんていって参加しない人が増えてきました。また婦人会に入ると役をしなければならないから敬遠する人もいます。でも自分の町に生きて、自分の町で死んで行く幸せを思えば、やはり婦人会ぐらいには入って活動したり、婦人会活動で学ぶことの大切さを考えなければいけないのではとしみじみ思いました。昨晩集まった人々の顔の何と輝いていたことか、何と笑顔が素敵だったことか、集まった人は間違いなく死んだら天国へ行ける人たちだと思いました。

 この世を天国のような世界として生きてる幸せな人はあの世へ行っても必ず天国へ行けるのです。いい人生でありたい。お金も欲しいし幸せにもなりたいし、長生きもしたい、そんな願望を叶えてくれるのは婦人会だとしみじみ思いながら、ただ一人暗闇の中を三坂路を下り、ほのぼのとした心で家路を急ぎました。

  「こんなにも 盛況なりし 婦人会 久しぶりです 輝き見える」

  「集まった 人たち来世 天国だ だって幸せ 噛みしめ生きてる」

  「驚いた 山のすし屋の 味の良さ 腕と素材が 見事に調和」

  「道空いて スイスイ峠 道越えて 昔は遠い 今は近くて」


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