shin-1さんの日記

○群馬県大泉町長さんから2枚のハガキが届く

 「この人、ただ者ではないな」と直感したのは招かれた集会の席上、私のブログを見た感想をあいさつに微妙に折り込みながらあいさつされたことでした。私も色々な町や村にお邪魔して首長と称する人の話しを聞いてきましたが、普通は通り一遍等の話で終わるものです。それは無理からぬことで、毎日川の流れの如き集会をこなしてゆくためにはそうしないと、身が持たないのです。ゆえに事務局の書いたあいさつ文や資料を元にあいさつするのです。勿論私も役場に35年も勤めているとそのくらいなことは常識として分っているつもりですが、いざそんな一流の話をあいさつでされると、これはもう感激なのです。

 かつて近畿地方のある市の集会に招かれて出かけたことがあります。出席した市長さんは月並みなあいさつをされて私のはなしになると会場を出てゆかれました。やがて私の話しが終わる5分前に会場へ帰ってきて閉会のあいさつで「今日の若松さんの話には感激しました」というのです。聞いてもいないのによく言うよと思いましたが、何となく後味の悪い気持ちで帰ったことを簿得ています。

 そこへ行くと大泉町の町長さんは別格で最後まで私の話を聞き、夜の集会にも参加してもらいました。わたしはそんな町長さんや議長さんのいる町なので、宿舎に帰って顔を思い出しながらハガキをしたため送ってもらった議会事務局の方にハガキを手渡ししていただくよう依頼し、群馬県を後にしました。帰ってからも職員からメールが届くやら宅配便が届くやらで、もう何十年も交流がある町だと思うほどの深まりなのです。

 そして嬉しいことに大泉町長とは書かず、「長谷川洋」とだけ書かれた大泉町の絵葉書が何と2通も立て続けに届きました。何という身の軽さでしょうか。私は敬服しました。

 表書きと内容は公表できませんが、みんなに見せたい心境なのです。

 今日本中には合併によって1802の市町村があるといわれています。その市町村全てに首長さんや議会議員さんがいるわけですが、とりわけ首長さんの資質はその町の方向性を示す道しるべ人であり、水先案内人として重要な役割を担っています。公約の立派なのを掲げるのも、上との太いパイプを持つことも大いに結構なのですが、行政、つまり政治を行う、つまり日々の行政に全力投球することは意外とおろそかになりがちです。いい行政をして町民を幸せにしてもらいたいものです。「拝啓長谷川洋様、あなたに100点を送ります」。

 何のご縁か分りませんが、明日は同じ群馬県上野村へ出かけます。

  「あいさつを 聞いただけでも 首長の 資質分るよ ハガキなおさら」

  「白黒の 版画ハガキを 見るにつけ いい町ですね 大泉というまち」

  「送られし 角笛吹いて 音を出す 完璧なほど ラッパ吹けます」

  「遠い町 近くに感じる 人の恩 恩を返えさば 義理が立たぬわ」


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shin-1さんの日記

○間抜けな宛名のないハガキ投函

 「お父さん、あなたの出したハガキに宛名の書いてないのがあるそうよ。郵便局が預かっているそうよ」と、旅先へ妻からあきれた声の電話がかかってきました。「えっ、そんなハガキ出したかな?」と自分でも不思議がりましたが、昨日は郵便局も休みなのでどうしようかと思案して郵便局の前を通り過ぎようとすると、運良く休日出勤の顔見知りの局長さんに出会い、恥ずかしながらそのハガキを戻してもらいました。毎日3枚のハガキを書いては投函する私ですが、どうも3日前に書いた中に裏書をし終わった所にあいにくの来客で、表書きをしないまま他の2枚に紛れ込んで出したようなのです。受け取った行く当てのないハガキは「私は何処へ行けばいいのでしょうか?」といわんばかりに、郵便局で寂しく3日間も保管されていたようです。

 実はこのハガキ、息子に教えてもらって初めて官製ハガキに人間牧場のロケ風呂に次男と孫が一緒に入る風景をプリントしたものなのです。仲間から手づくりの印刷ハガキが来る度に羨ましくも、そんなハガキを作ってみたいと思っていた矢先だったので、練習のつもりで使わなかった50円のかもメール官製ハガキにプリントアウトしたものでした。結果的には寒中見舞いに暑中見舞い用のハガキを使うことになったのですが、年中年賀状の当選しなかったハガキをくれる変わった友人もいることだし、まあブラックジョークのつもりでと書いたのでした。

?

 しかし、いくらなんでもこの寒中に入浴シートはと思いましたが、まあいいかと妥協してこの写真をプリントアウトした寒中見舞いとなってしまいました。

 さて迷えるこのハガキのお相手は誰でしょう。はい、先日八幡浜ソロプチミストの卓話でお邪魔した時に参加した方からのお便りへの返礼なのです。ご主人が県PTAの会長さんをされているとかで、ご主人に私の住所を聞いてハガキを書いてくれました。そんな心温まるハガキなのに、失礼なことをしたものだと既に消印を押されている上に50円の切手を貼って今日投函することにしています。迷えるハガキが明日には届くと思いますがブログの画面を借りてお詫びいたします。

 ハガキの効用をいい続けて二十年になろうとしています。100人に話しても1人くらいしかハガキは来ないものですから、1パーセント理論を説いている私としては余りあてにも期待もしていません。でもそんな中でも私にちゃんとハガキを書いてくれる人もいるのですから1パーセントの人をこれからも大事にしたいものです。

 それにしても田舎の郵便局はいいですね。宛名のない迷えるハガキには私の名前など何処にも書いていません。でも担当者はちゃんと私のハガキだと気がついて、わざわ親切にも取っておいてくれました。普通だと送り先も送り主も分らないハガキはごみとして処分されるでしょうし、そうされても仕方がないことなのです。地元郵便局の皆さんに感謝しています。

  「あて先を 書かず戻りし はがき見て 間抜けな人よ 何だ私だ」

  「寒中に 暑中見舞い用 ハガキ出す 貰った人は 寒さ倍増」

  「結局は 高いハガキに なりました それでもやはり 切手貼り出す」

  「このハガキ 貰った人の 顔浮かべ 大きなポスト ポトンと音して」 

 

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