shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年2月22日

○コナンの里へのメッセージ①

 10月12日・13日の2日間、鳥取県北栄町の招きで行った折、その感想をメッセージのつもりでブログに書いて公開していました。この文章を読んだメル友からは感想や意見が寄せられましたし、年末の忘年会ではその記事が話題になりました。故にこのブログの記事はてっきり北栄町の関係者も読んでいただいているものと思って、コピーを依頼することもなく2月20日・21日の両日2回目の招きで北栄町へ出かけました。先日内子座で開かれたえひめ地域づくり研究会議の20周年にも四門さんや川本さんが来ていたので、確認をすることもなく意思が通じているもと思っていました。

 ところが会議の事前打ち合わせが始まってみると、私のブログを読んでいる人が一人もいないことに気付き、慌ててインターネットで私のブログを検索してもらいプリントアウトしてその資料を基にお話をさせてもらいました。

 私がいくら立派な話をブログに書いた所で、見ない人読まない人にはまったく私の情報は届かないという、情報化社会の盲点を改めて思い知らされた一日となりました。それでも気を取り直して話しましたが、この記事を書いた日時は訪ねた5日後の10月17日と20日の日付になっており、○北栄町を訪ねる①②③と題して11ページに渡って訪問で気付いたことをルポしているのです。まだ4ヶ月しか経っていないというのに人間の記憶はあいまいなもので、このルポでもなければ私の頭から過去の訪問時の記憶は完全に失われているのです。今更ながら忙しい日々の中であればあるほどメモをすることの大切さを実感した次第です。

でも「犬も歩けばブログに当たる」といわれる、ブログがこんなに普及している時代なのに、私のブログにであわない「北栄町の情報受信や発信の仕方こそ問題だ」と酒の勢いで笑い話のような喧嘩を吹っかけておきました。

 2月20日は委員会での議論でしたが、明くる日は担当の川本さんと二人で午前中タウンウォッチングをやりました。2月の厳寒期とは思えない温かい陽気に誘われて役場前から出発し、前回は早朝ひとりで巡ったコナンのブロンズ像巡りではなく、町の魅力発見の旅をしました。一口で言っていい文化的価値や未利用資源がいっぱい発見されました。

 まず私は役場を出てコナン通りを進みコナン大橋のたもとで左に曲がり由良川沿いの道を進みました。ここら辺の川は川幅も広く、屋形船の舟遊びには最高の場所だと思いましたが、両岸の風景はいずれも殺風景で、願わくば5メートル間隔で柳の木とその下にアジサイを植栽し水辺の演出を心がけたいと思いました。両岸の植栽本数はかなりの量に上ることから宝くじのコミュニティ助成事業を使えば、モデル事業となって鳥取県のイメージを高めるばかりでなく季節を演出してくれること間違いなしだと直感しました。

 既に川下にはそのようなイメージを持った人の痕跡がかなり見えました。柳とアジサイが既に数本植えられていて、アジサイ橋やアジサイの歌の歌碑まで建っていてびっくり仰天しました。

(柳の木の植栽風景)

(アジサイの植栽風景)
(アジサイの歌の歌碑)

(アジサイ橋の欄干)

 ただ、これらのものが、誰の許可を得て誰がしたのかはっきりしないところが奇妙で、突き止めてみることは必要だし、場合によっては物語になる可能性もあるようです。
 この道沿いにはかつて北前船で栄えた面影が随分残っており、そのような物語の形跡がたくさん残っておりました。


(玉井医院の由緒ありそうな裏門)

(北前船の船着場跡の記念碑)

(大錨と新調された保存小屋)

 この小屋は最近新調されたようですが、まず錨を立てたままの展示は危険なので、直ぐに足元にボルトをはめ込み安全にすることが求められます。さらに錨はかなり腐食しているので、これ以上腐食しないようコールタールを塗ることを進めます。出来てしまったので文句は言えませんがもう少しデザインがよければと感じました。

  「足元に 眠るお宝 気付かぬか 文化作るは 年数かかる」

  「俺の町 こんなお宝 あるならば 十万人も 直ぐに呼べるわ」

  「錨置く 小屋を作るは 偉いけど 展示方法 怒ってますぞ」

  「アジサイが 柳が既に 植えられて 橋と歌碑まで 出来てるなんて」

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