shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年2月7日

○ああ群馬県上野村・ルポ②

 上野村の村内を見て回ると雑木林の多さに改めて驚かされます。日本の山村が何処へ行っても戦後行われた杉と桧の人工林植栽なのにこの村は明らかに違っています。それが人為的なものであるとした素晴らしいことなのですが、漏れ聞けば急峻な地形ゆえに過ぎや桧の美林が育たない痩せた土地だったようです。結果的には植林が遅れたことが一周遅れのトップランナーになったのですから世の中は分らないものです。私はこの落葉樹の多い上野村の素晴らしさを肌で実感しました。今は寒い農閑期なのでしょうか、あちこちの谷あいで家族や夫婦で落ち葉集めをしている人に出会いました。多分集めた落ち葉は腐葉土にして農業に生かすのでしょうが、これぞ環境に優しい自然サイクル農業だと直感しました。またこの落ち葉は自然のろ過装置となって美味しい水を供給していることも間違いありません。腐葉土が育む農作物や水を付加価値にしたらこれこそ都会の人があこがれる特産品となることでしょう。

 そこで提案したのが「もうひとつ上の(野)村を目指して」というキャッチフレーズです。講演中インスピレーションでとっさに出た私のアイデアですが、これはいけると思います。特産品を売ることも大事ですが、村を売ることが出来る村なのです。そのためには村をデザインすることをはじめなければなりません。村のデザインは村という響きや落葉樹生い茂るこの村なら可能なのです。

デザインをする人を見つけ、デザインをする人を村に住まわせ、そのデザインが村をまるごと情報発信装置になる考えるのです。

これまでの20世紀は私たち田舎者が都会に憧れる時代でした。そしてみんなが向都離村の教育をやった結果村は過疎になりました。しかし今は違います。21世紀はヒズミとねじれに満ちた都会の人が田舎に憧れる時代になりつつあります。そんな憧れの条件が上野村にはあると確信しました。

 

 そのためには、沢山作っている公共施設をもう一度見直し、点を線で結び線を面にする作業が必要です。上野村の視線はどうも虫の目になっていて、鳥の目にはなっていないように思います。経営や職員配置やプログラム全てがチグハグなような気がします。このままでは誰が指示を出し、誰が説明責任を取るのか明確でないような気がするのです。これからはそれぞれの施設と村全体がラインとサークルで結ばれるようにしなければ、それぞれも村も自立という最終目標は達成できないばかりか、負の遺産として村民に大きなツケが回って来るのです。

 途中立ち寄った場所で面白いものを見つけました。遊びの工房ともいうべき施設に入ってみるとそこはもうまるで宝の山のように、どんぐりや松ぼっくり、しいの実、とちの実など、自然の恵みが集められており、都会人の心をくすぐるような遊びの空間がありました。多分ここでは職員さんの感性で様々な遊びのプログラムが用意されているのでしょう。一見山里では何処にでも落ちているガラクタなのでしょうがあるものを生かすという点では都会にはないものですからお宝だと思うのです。職員さんは人が来なくても春にはお客さんが来てくれることを信じてせっせと充電しているのです。この発想は大事にしたいものです。

 無住と聞いた天台宗のお寺の境内にも見事な群馬県指定の天然記念物「しだれ桜」がありました。村のあちこちには枝ぶり豊かなしだれ桜が何本も目に付きました。やはり春を待つ気持ちで見ると千金に値する桜です。この桜を見るツアーを観光商品として売り出したいものです。

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