shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年8月31日

○高知県馬路村魚梁瀬地区での講演会

 馬路村の山猿というペンネームで私のEメールに度々進入するウイルス男は、馬路村の役場に勤める木下さんです。私に海猿と勝手に命名してメールを送ってくるものですから私も「海猿から山猿へ」などとお調子をくり返しています。彼と会ったのは昨年末馬路村で開かれた「地域の自立とは何か」の打ち合わせ会でした。それから急接近してシンポジウムや人間牧場見学など、まるでかつての私の若い頃のように精力的に動き回る彼の姿を、何故かまぶしく感じていました。その彼から再三にわたってラブコールを送ってくれたのが馬路村魚梁瀬地区での講演会でした。このところ忙しくてそれどころではなかったのですが天然のうなぎを食わせる」という餌に釣られて魚梁瀬地区へ行く事になったのです。盆踊り大会、韓国旅行、四万十市西土佐、金融広報委員会など超多忙な日程の間隙を縫って一度は訪ねてみたかった魚梁瀬地区へ足を踏み入れました。高知県奈半利町の坂本年男さんに貰った魚梁瀬杉の切り株が、わが人間牧場の水平線の家にあることも心が動いた大きな要因だし、今や旧知の間柄となった馬路村の東谷組合長にも久しぶりに会いたかったのです。本当はゆっくりのんびりの旅をと思っていたのですが、日程が詰まり過ぎて行きも帰りも高速道路、しかも今朝などは朝4時半に起きて宿を発つという強行スケジュールになってしまいました。それでも曲がりくねった狭い安田川沿いの道を、木下さんの「お昼にはわが家でうなぎでもという言葉に甘えて山里の木下家へ到着したのは12時を幾分回っていました。木下家に通じる坂道を歩いて登ると、昔は美人だったんだろうなあ(失礼、今も美人です)と思える品を感じる木下君のお母さんが人なつっこい笑顔で出迎えてくれました。「あっ、あの人はパンフレットに出ていた木下君のお母さんだ」と第一村人を発見して直感しました。木下君はうなぎ取りの名人で、私のために延縄で天然うなぎを沢山ゲットしていて、早速真昼間だというのに何とも贅沢な庭先でうなぎの蒲焼パーティと相成りました。ハスイモの酢漬けや鮎の塩焼き、合わせ味噌など田舎料理の数々に舌鼓を打ちました。

 魚梁瀬までの道程はかなりあり、曲がりくねった道の峠で眼下に魚梁瀬ダムを見学しました。昔何かの本でこのダムの石積み護岸を利用して加藤登紀子のコンサートを開いた話題を読んだことがありますが、こんな奥地でよくもまあと往時を振り返りながら感慨深げに下を覗き込みました。このダム湖の下に水没した集落は代替地に集団移転している話も驚きでした。ダム湖を見下ろし展望台には昔のそんな物語が写真い焼き付けられていました。

夜の講演会までには十分時間があるので、千本山の杉の木を見に道案内をしてくれる地元の人と木下君と3人で30分もかかる山道を車で登って行きました。道は元森林鉄道が走っていただけあってなだらかな道でした。折からの小雨に少し濡れながらも車を降りてつり橋を渡ると森の中には樹齢300年を越える大きな杉の木が何本も見えてきました。これぞまさしく会いたかった魚梁瀬杉の原生林なのです。九州の屋久島に生えている屋久杉にはかないませんが、どうして人間二抱えもあるような大きな杉の木に圧倒され、そっと手と耳を当てて木の息遣いを調べてみました。私たち人間の寿命は幾ら長生きしても高々100年、だのにこの杉の木は300年というから江戸時代に生を受け、この地にじっと立って、魚梁瀬の地に降った雨水を餌としながら生きてきたのですから、偉いとしか言いようがないのです。

 森の中で高知大学農学部の学生たちに出会いました。何でも千本山の生態系の調査を定点観測しているらしく、地下足袋や作業着は雨に濡れていました。一見無駄と思えるこのような学術調査が千本山の杉を守ることになるのですから頑張って下さい。驚いた事にこの学生さんと同じ旅館に、しかも隣の部屋に、しかも一緒の風呂に入ったのですから奇遇とかいいようがありませんでした。

 同行した地区の方の話は、営林署や地元製材に長年関わっただけあって歴史の生き証人のような詳しい話で興味をそそりました。ここの森林鉄道は蒸気機関車まで走った本格的なものだったようで、戦後の高度成長時代には多くの人が住み、山には活気がみなぎっていたそうです。その話はかつて日本の各地にあった炭鉱のように一時代を築いたのでしょうが、今は跡形もなく消え去り、伐採された魚梁瀬杉の切り株のみが無残にも苔むして朽ちつつありました。この方たちの生き証言をしっかりと記録に残すことも誰かが気が付いて今やらねば忘れられてしまうのかも知れないとふと思いました。

  「この山に 蒸気機関車 走ったと 語る古老の 声ぞむなしき」

  「切り株に 会いに来ました 魚梁瀬杉 こんな深さの 山にいたとは」

  「八郎が 歌った唄を 思い出す 山の釣り橋ゃ どなたが通る」

  「この奥で 降った雨滴 延々と 海に注ぐや 不思議なるかな」  


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