shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年8月28日

○板門店への旅

 今回の韓国旅行の楽しみは、前回の研修旅行で果せなかった板門店への旅を実現できることです。北朝鮮による日本人拉致事件やテポドン発射実験など、何かと騒がしい北朝鮮をこの目で確かめたかったので、韓流ドラマ見学コース、ソウル市内見学コース、板門店見学コースの3オプショナルツアーから一も二もなく板門店行きを選びました。しかし私たちの団体でこのコースを選んだのは私だけでした。政情不安な国境へたった一人で出発することにはいささかの不安もありましたが、他の観光客と一緒なので思い切って参加しました。

 通訳のパクさんが朝早くバス乗り場までタクシーで連れて行ってくれました。さあ出発です。バスが進むにつれて川の両岸には有刺鉄線が二重三重に張り巡らされ、コンクリートで作られた監視小屋がやたらと目に付くようになり、改めて国境付近の緊張感が漂い始めました。ガイドの話も北朝鮮と韓国の50年にわたる戦争の出来事を克明に伝え、「ここからは写真撮影禁止です」と不安を増幅するかのように更に高いトーンで話すのです。

 最後のトイレ休憩場所を発つ頃には空の雲行きも怪しくなり、小雨がぱらつき始めました。国連軍の二重三重のチェックや国連軍のバスに乗り換えて更に高まる緊張感の中板門店に着いたのは出発して2時間余り経ってからでした。いよいよ板門店の見学です。

 この建物は北朝鮮の監視場で北朝鮮の兵士が銃を構えじっとこちらの様子をうかがっている様子が目の当たりで見えました。窓の中からはやたらと兵士の目がこちらを見ているような視線を感じつつ、見学はさらに緊張の度を深めました。

 この場所からだけは撮影が出来ますというガイドの言葉に、みんな堰を切ったように写真やビデオに周りの風景を収めていましたが、目の当たりにした非武装地帯の国境最前線はテレビや新聞でしか見ることの出来ない場所だけに、私も埼玉県から来たという隣の席の人に監視所バックに一枚写真を撮ってもらいました。

 観光客は2列に並ばされ、無口で板門店の会見場へ入って行きました。会見場の中にはテーブルがあってそのテーブルの真ん中が38度線なのです。つまりこの部屋に韓国と北朝鮮の国境があるのです。本来私たちは北朝鮮には行けないのですが、この部屋に中だけなら国境を越えれるのです。一人一枚だけ写真を撮ることが許可され、ガイドさんに国連軍の兵士とともに一枚、シャッターを押してもらいました。これが38度線を越え北朝鮮の領土にいる私です。

 国連軍の兵士が見守る中、バスは本当の板門店という国境沿いの見学所へと向かいました。韓国側は草もなく北朝鮮側が見えますが、国境の向こうの北朝鮮はうっそうとした林になっていました。見学所からは北朝鮮が希望の村と呼んでいる村が見えました。韓国では宣伝村と呼ばれるこの村には大きくて高い鉄塔があり、その突先には北朝鮮の国旗が威厳を誇示するように折からの緩やかな風になびいていました。

 この写真は、私が別に悪いことをして逮捕された訳ではありません。ガイドさんが「めったにない機会ですので一枚如何ですか」とシャッターを押してくれました。習いたての言葉で「カムサハムニダ(ありがとう)」といったら「カムサハムニダ」と、少し笑って答えてくれました。

 板門店を見学して感じたことは、どこにでもあるこんな風景が珍しい光景としてとらえられなければならない人間の世界の愚かさです。朝鮮戦争が勃発して既に50年、日本の成長を支えたのは皮肉にもこの戦争でした。この戦争による軍需景気で日本は戦後の成長を遂げましたが、同じ民族が来たと南に分かれて戦い、今もなお肉親といえども国境や非武装地帯を挟んで行き来できない厳しい現実があるのです。更には私のように平和な国にいるものがこの場所を観光でしか見れないことも愚かといえば愚かなのです。再び板門店を訪れる時はベルリンの壁のように国境も有刺鉄線も地雷もない場所になっていることを願わずにはいれませんでした。

  「北南 同じ民族 三八で 分ける悲しい 戦争愚か」

  「同じ部屋 同じテーブル 話せども 未だ解決 何故にできぬか」

  「おらが国 誇示するように 鉄塔の 上にはためく 北の国旗が」

  「目と鉄砲 俺の姿に 向けられて 威圧感じつ そろそろ歩く」 

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