shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年8月11日

○やっと見つかった幡多八景金毘羅さんと民宿・薮ヶ市・須崎(20-10)

 西ヶ方の駅を訪ねた時、駅の近くに幡多八景金毘羅さんという看板を見つけ、何度かトライしても見つけることができなかった場所がやっと見つかりました。彩花で民宿の女将井上茂子さんに会い、看板の向かい側だと説明を受けていたので看板から見ると直ぐに分りました。やはり虫の目より鳥の目が必要だったようです。西ヶ方の沈下橋を渡って離合もかなわない車が一台やっと通れる細い道を、踏み切り近くまで行ってUターンして帰り、少し松野側まで走った所にまるでモグラの穴のような小さなJR予土線のトンネルがありました。こんな小さなトンネルでは見つからないはずだと納得しました。付近に車を止め金毘羅さんの細くて長い道を一人フウフウ汗をかきながら社殿のある広場まで登って行きました。周りには桜の木が沢山あって、桜の季節にはさぞ綺麗だろうと頭に描きながら、立ちはだかるクモの糸と藪蚊を気にしつつ一気に奥の院とでも言うべき断崖絶壁を登りました。神社の森はうっそうと茂っているため周りの景色は見えませんでしたが、鳥居には皇紀二千六百年記念などといかにも伝統のある神社であることを証明するような文字が見えました。

 真下には広見川の清流と予土線の線路が見えました。

 再び元の道を引き返し井上茂子さんが営んでいる民宿を訪ねました。運良く姉妹仲良く泊り客の夕食準備中で在宅だったので、上がり込んでお家を見学させてもらいました。大黒柱、天井の梁、囲炉裏端、家の構えなど、どれを見ても一級で民宿に使うには惜しい気持ちのお家なのです。何でもこの家は2年前に新築しご夫婦とも公務員だったそうで、民宿などしなくても?と首を傾げたくなるような雰囲気でした。

 玄関にさりげなく活けてる花にも品のよさを感じました。


 奥さんとお姉さんのお仕事の手を休めてもらい、記念写真を一枚撮らせていただきました。聞くところによると雇用促進協議会の石川さんに手伝ってもらってホームページを開設し、インターネットで泊り客を誘っているだけなのですが、これだけで夏場は満杯というのですから驚きです。泊まった方もこの家構えには多分満足して帰られることでしょう。それにしてもあいにく留守だったこの家の主の顔が見たいものです。何でも酒が好きだし人も好きで、この道楽を始めたというのですから一度は会ってみたいと思いました。できることなら妻と二人で泊まってみたい民宿でした。

 この民宿の入口に少し変わった看板があり、この10回の西土佐参りの期間中ずっとこの看板をやり過ごしながら考えていました。

 「生まれたところで生きていく」という看板です。かつて大分県大山町へ行った時、「瞳は未来へ」という看板を見た記憶が甦ってきました。何か分らないけど心に響く看板です。先日還暦の同級会を行った時ある同級生が、「お前が羨ましい。俺なんか集団就職列車に乗って都会に送られ、気がつけば定年、終の棲家はふるさとではない。生まれたところに育ち、生きてここで死ねることは幸せだ」としみじみ話しました。ねだられて吹いたハーモニカの「ああ上野駅」(井沢八郎)に涙した光景を思い出しました。当たり前ながら「生まれたところで生きてゆく」というふるさとへの思いが伝わる味のある、そして旧西土佐村を表現するに相応しい看板だとしみじみ思いました。

 昨日の集会は日本一のモミの木があった津賀から更に奥まった薮ヶ市・須崎です。集会所の周りには早くも秋の気配が漂い始め、圃場整備された田んぼの稲は黄色く色づき、ハウスではイチゴの作付け準備が始まっていました。西土佐の村々を回って思うのですが、しし唐やオクラの畑はみな整然として勤勉な土地柄や人柄を表しています。集会所には時間通りそれなりに人も集まり、私の話に熱心に耳を傾けてくれました。特に私の話の途中で拍手が起こったのは初めてでびっくりしました。健康の貯蓄・感動の貯蓄・金銭の貯蓄・人間関係の貯蓄・知識の貯蓄という5つ葉のクローバーの話を人生の生活設計とともに訴えました。

  「看板の 言葉気になる 西土佐路 まちを愛する 気構え語る」

  「おとろしや こんな立派な 民宿で 一泊とまり ゆっくりしたい」

  「妻繁子 民宿女将 茂子です 文字は違うが どこか気風が」

  「早十回 後も十回 折り返し 集落巡り いよいよ佳境」

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