shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年8月10日

○夏の水やり

 台風が相次いで日本列島を襲うようになりました。台風7号は日本列島をかすめるように北上し静岡県・神奈川県・東京都では思わぬ雨で土砂崩れがかなりあったようで、時ならぬ被害に都会の人はびっくりし、「災害がこんな都会で起きるなんて」と、さも「災害は田舎に起きるもの」なんて身勝手なコメントがテレビで映し出されました。「冗談じゃあないよ」と言いたいのですが、被災した人に悪いのでそんなことは言えませんので、お見舞い申し上げます。一方台風9号は八重山地方を暴風域に巻き込みながら北上するにしたがって予想以上に発達して石垣などでは大時化になっているようです。

 九州に比べると少ないのですが四国も台風の通り道に当たり、これまでにも室戸台風など沢山の台風がやって来て、その度に大きな爪痕を残していますが、今回に限っていえば気圧配置の影響で四国は何の影響も受けずに済みましたが、人間はほとほと勝手なもので「そろそろお湿りが欲しいと思って台風を待っていたのに、台風がそれてこりゃあ水不足が心配だ」と、来なかった台風への恨み節が聞こえています。それもそのはず、長雨だった梅雨が明けてから雨の一粒も降らないのですから、畑の作物は水が欲しいと根を上げています。

 わが家の菜園を管理する親父の日課も潅水のためにかなりの時間と手間をついやするようになってきました。わが家では親父がこんなこともあろうかと、庭の隅に井戸を掘り水不足に備えています。元々は池で鯉を飼うために掘ったのですが、裏山からの湧水で池の水が賄われるため、井戸の水は殆どが畑作用や洗い物に使われるのです。ホースを伸ばし蛇口をひねれば100メートルもの細長い畑と庭には全て水が撒かれるような配管を親父はちゃんと設えているのです。

 陽が西に傾いた夕方から親父の水やりは始まります。ナスやピーマンなど夏野菜は瑞々しさが命ですから、たっぷりやった水を夜の間に吸った野菜は朝取りとして食卓をにぎわすのです。しかしこの水やりも限界があり、日照りが続くと土地の浅い所は根が痛むのか余り寿命が長くないようです。

 植物は一度水をやり始めると、自分で土地の水を吸うことを止め、人から貰う水で生きる習慣がつくのです。ですから親父には「水をできるだけやらないように育てよう」と提案するのですが、余り言うとせっかくの丹精を傷つけてしまうことになり、生きがいをも枯らせてしまう恐れがあるので余りこだわらず、「じいちゃんがいるから野菜が食べられる」と持ち上げに懸命なのです。今はまだ野菜も何とか持っていますが、多分お盆頃には根を上げるのではないかと一雨欲しい天を仰いでいます。

 水が欲しいのは植物だけではありません。私たち人間もそろそろ水の大切さを気にしなければならないようです。先日西土佐に出かけて四万十川の支流目黒川の水を直接手ですくって飲みましたが、その美味しかったことは今も忘れることはできません。水道水に馴れていると水の本当の味や水の大切さをついつい忘れがちですが、空気と同じく人間が生きていく上で最も大切な水のことをもっと真剣に考えないといけないような気がするのです。最近は水道の蛇口にフィルターをつけて水を浄化する機械も開発され、親父はその水を飲んでいます。親父が長生きしているのはこの水のお陰かもと思うと、私も時々この水を隠居で飲んでいます。別に味が違うわけではありませんが確かに体にいい水に違いありません。水は人間の生命の源であることを今朝は親父の隠居でこの水を飲んでしみじみ思いました。

  「鯉メダカ 野菜と自分に 水をやる 親父はやはり ほんまもんだな」

  「陽が沈み 夕日見るのが 俺の役 親父は水遣り しんどかろうに」

  「水やると いつも貰うと 勘違い 補助金貰う 癖と似てるね」

  「台風が 来ぬから水が 不足する ぼやくな去年 もう忘れたか」


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