shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年8月2日

○旧西土佐村界隈(20-8)

 旧西土佐村へ行くついでか、北宇和高校へ行くついでか分らなくなった8月最初の旅は北宇和高校での講演から始まりました。高校では夏休みを近い将来につながる重要な自己啓発期と位置づけトライアル研修講座を組んでいます。その一環として昨年に引き続きお話をする事になりました。カーナビが選んだ北宇和高校へのコースは双海~長浜~大洲(国道56号)~西予宇和~歯長峠~三間~鬼北~北宇和高校のコースでした。7時50分に家を出て約1時間40分で学校に到着です。夏休みの静寂でしょうか校内は静まりかえっていました。講堂での講義は2年生40人余りと先生たちが集い冷房の効いた最高の環境です。「青春へのメッセージ」と題した1時間程度の講義は、潜在能力と顕在能力の話を中心にすえながらあっという間に終わってしまいました。教頭先生や担任の先生が言うように田舎の高校らしくどの生徒も真面目でむしろ高校生らしい覇気が欲しい感じもしましたが、まあそれなりの手応えは返って来ました。

 夕方の講演までにはかなりの自由時間があるので、かねて関心を持っていた松野町松丸の「ぽっぽ温泉」へ行ってみることにしました。この温泉はおさかな館の水を確保するため井戸を掘っていて偶然にも発見された地下100メートルの温泉を駅舎と併設して整備した、愛媛県内にはない特徴あるものです。入口で偶然にも顔見知りである支配人の岡本さんにお会いし、温泉談義や最近のまちづくり事情についてだべり合いました。温泉はJR駅利用らしく黒を基調とした落ち着いた雰囲気でした。岡本さんの話だと温泉の黒字目標である年間10万人は達成されているようですが、灯油を燃料としたエネルギー費が油の高騰でかなり経営を圧迫しているようでした。今時の温泉の入浴料金が400円とはと疑問もありました。風呂は箱風呂やミストサウナ、樽風呂などかなり個性が感じられましたが、樽や箱のはそろそろ寿命のようでした。昼下がりの温泉は散閑として露天風呂などまるで一人じめのような贅沢を味わいました。

 前の道を通ったので旧友の芝教育長を訪ねようと思いましたが、先日も会っているので思い止まり、一気に松野町を走り抜け、かねて念願の県境にかかる橋を渡りました。葛川という地名の場所で更に車の巾いっぱいの小さな橋を渡り踏み切りに出ました。ここは愛媛県と高知県を分る県境なのですがそんな風情は何処にもなく、県境と書かれた踏切遮断機施設が県境を意識させる程度でした。この狭い道と伸びるレールの向こうには多分、先日訪ねた西ヶ方の駅や集落があるに違いありません。

 車をUターンさせて再び葛川の集落に出ました。橋の袂の家にお邪魔して居合わせたおじさんに色々な話を聞きました。ここには愛媛県葛川と高知県葛川が川を挟んで同居しているのだそうです。隣の集落は合併して村から市へ昇格、こちらは合併問題で先日リコール運動が成立し住民投票の結果町長が信任され、議長がその責任を取って辞職願いを出すなど、合併という招かざる客によって思わぬ混乱を招き苦悩する山間地の姿を垣間見ました。それにしても日本の地方自治も面白いものです。この道ひとつで左奥の家は高知県四万十市葛川、右は愛媛県松野町葛川なのです。おじさんの話だと日ごろは両地区とも非常に仲がよく県が違うなんて感じないそうですが、自治体の選挙やもめごとの度にお互いの違いに翻弄されて生きてきたと述懐しましたし、不便を除けばそんなに苦痛はないそうでした。この日は畳の土用干しでしょうか、家の前の広場には沢山の畳が二枚一組で虫干しされていました。この風景もすっかり近頃見られなく光景です。

 葛川橋の上から松野町側の川に異様な光景を見ました。訪れる車も殆どないので橋の上に車を止め川を見ると無残な沈下橋の姿が目に留まりました。沈下橋の中央の橋板部分が下流に流されて通れなくなっているのです。多分一昨年か昨年襲来した台風の爪痕でしょうが、沈下橋は自然と共生する安全な橋と思っていたのにこの惨状には少なからず心が痛みました。昔は沈下橋を解消するため橋が架けられると沈下橋はその役目を終えて撤去される運命にあったそうですが、沈下橋の観光的役割や庶民の生活的な役割を考え今では橋の設置後も残しているようですが、安全性を考えるとこれも考えものだと、始めて見る沈下橋の惨憺たる光景に思わず息を呑みました。

 有り余る時間をのんびり過ごそうと目黒川に向かいました。この上流に滑床渓谷ありという看板を見て、20年前始めて西土佐村へ足を踏み入れたことを思い出しました。和田修三さんの電話での説明を鵜呑みにして「西土佐村は滑床の奥です」という言葉を頼りに、松野町から滑床経由で西土佐村へ入ったのです。ところが道はまちがっていないものの滑床経由ですから何処まで行っても西土佐村にたどり着けず、この道では夜間のこともあって聞く人さえなく大幅に遅れて西土佐村の会場に着いたのでした。多分この道を不安な気持ちで通ったことでしょう。

 今晩の講演会は中脇裕美さんの話だとこの川の上流津賀であるのです。生徒数の減少で存続が危ぶまれている中村高校西土佐分校を横にみながら川に沿った狭い道を走り、途中川の下に沈下橋を発見し渡った所へ車を止めて、川原に下りてみました。遠くで雷が鳴り響き雲行きが怪しくなってきましたが、川原の石の上を散歩しながら思い切って靴と靴下を脱ぎ、目黒川の水の中に入ってみました。何というすがすがしさでしょうか。大きな石の上に寝転

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