shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年3月31日

 ○町長と課長

 正確には5期20年の長きに渡って上司と部下の関係だった元町長の丸山勇三さんに久しぶりに出会いました。出会ったというよりはブログを書きながらふと昔が懐かしくなって近況を報告するつもりで電話をしたのです。私は昔の癖で勇退をされてからもう3年になるというのに、電話でも出会っても丸山さんとは言わず町長さんとつい昔の癖で呼んでしまうのです。でもひょっとしたら私が生きてる限り丸山さんは町長であり課長なのです。丸山さんは私のことを「若松君」と呼びますが、時折「課長」と言ったりもしますのでまあいいかと思っています。

 「ちょいとお邪魔してもいいですか」とついつい町長室へ行くような気持ちで甘えてしまい、500mくらいしか離れていない所に住んでいるものですから自宅に行きました。普段着での急な訪問にも関わらず町長さんは背広を羽織って私を座敷に通して上座に座らせました。二人で向かい合って座るとまさに町長と課長の関係のようです。

 冒頭に20年と書きましたが私がこの町長に直接仕えたのは16年と5ヶ月です。就任されたのは双海町が町名変更問題で揺れた頃でした。お互いがその問題に深く関わっていたこともあって就任後私は産業課への異動を命じられ、町長の一期目は離れた存在での仕事だったのです。でもその一期目の4年目に企画調整室でまちづくりを担当するようになり、深い関係が町長の退職まで続いたのです。最後は1ヶ月弱の退任まで教育長として推挙任命され仕えました。

 次の上田町長にバトンタッチして退任されてから早くも3年が経ちました。その間一切政治の表舞台から姿と声を消してしまった潔さはさすが見習うべきと、私が昨年自由人になったのも町長の影響があったのかも知れません。

 町長は新しい市政に心を痛めているようでした。しかしかつての議員さんたちが痛めている頭とは少し違っていました。かつての議員さんの殆どは今回の機構改革に伴う支所の6課を2課にする縮小問題でしたが、そのことよりもむしろ行政改革についての心配でした。旧伊予市は3万の時代に部長制を一度廃止した経験を持っています。今回の合併で中山と双海が合併したとはいえ僅か1万人の増加です。ところが今までなかった管理ポストの部長は一気に6人も増え、旧支所長となるであろう人を加えると8人にもなるのです。行政改革は議員の数が大幅に減りそれなりの効果がありました。しかし職員の行政改革は異動の度に費用を掛けてパソコン工事を行い、一向に進まないのです。職員の給料を下げたと胸を張りますが、生活給を下げられて職員のやる気の低下を考えれば手放しでは喜べないのです。

 町長は支所の縮小は行政改革から考えると予期したことであり理解をしておられましたが、議員へのしっかりした事前説明が足りなかったことへの反省など、体制批判より体制へのエールのようなご意見に意を強くしました。首長の仕事を長年こなしてこられた方の話に感服し、四方山話に花を咲かせおいとましました。これからも時々お会いしたいものです。

  「若松君 はい町長と 呼び合って 積もる話に 一花咲かせ」

  「三年が 経った今でも 町長と 呼べる人あり 何かにつけて」

  「始めるは 人に相談 止める時 自分決断 いつも口癖」

  「双海町 愛した二人 今もなお 仕事せずとも 愛は変わらず」

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