shin-1さんの日記

○ある友人の両親の死

 「もしもし若松さん。Kですが親父が急に亡くなりましたので今日の運営委員会には出席できなくなりました。誠に勝手ですが会を進めておいて下さい」「はいそれは大変でしょうが、こちらは心配要りませんので気を落とさないように」。予想もしなかった会議が始まる直前の携帯電話によるやり取りながら、電話の向こうのKさんのことを思うと「大変だろうなあ」と気遣わずにはいられませんでした。「葬式は何時何処で」と聞いてメモを取り会議終了後、気のあった仲間にそのことを告げました。しかし私たちのまちづくりに関わる運営委員会の仲間は全県に散らばっていて、しかも重要職についているものもおりスケジュールの都合で葬式への出席もままならない人もいました。当然私も広島で開催予定の重要な会議出席があり、不義理と思いつつも香典を仲間に託さざるを得ませんでした。明くる日が酉の日とかで地方の風習なのか葬儀は一日伸びたそうですが、無事葬儀も終えたのだろうと思っていました。

 「もしもし若松さん。Kですが先日は有難うございました」「いえいえ何かと大変だったでしょう」「若松さんにだけお知らせするのですが、今度はおふくろが亡くなりまして何と言ってよいか」「えっ今度はおふくろさんですか?」「はい続いてのことなので・・・」と絶句しました。「それは大変でしょうが葬儀の日取りは」「はい明日は友引なので明後日の同じ時時間に親父と同じ場所で」「そうですか、気を落とさないように」で電話を切りました。まるで嘘のような本当の話に私は耳を疑いましたが、葬儀の疲れなのか母親も夫の後を追うように心不全で亡くなったそうです。4・5日で二つも葬儀を出す息子の気持ちは当人でないと分るはずもありませんが、こうして大変な災難が急に降りかかることも現実にあるのです。

 Kさん夫婦は私たちが若い頃仲人をしているのですが、明くる日の葬儀に出張の都合で行けないため、息子の卒業式を終えてから妻を伴って夫婦でKさんのお家に弔問に訪れました。結婚式以来訪ねたことのないKさんの家をカーナビと記憶を頼りに探しながら行きました。玄関で迎えてくれたKさん姿は寂しく心なしかやつれているようにも見えましたが、弔問を済ませ元気を出すよう激励して分かれました。

 仲のよい夫婦が仲良く冥土へ旅立つのは美談としか言いようがありません。「もし許されるなら私たち夫婦もそうありたい」と妻はしきりに帰りの車の中で涙を流しながら話していました。でもそれは適わぬ夢かも知れませんが、せめてそんな相手を思いやる夫婦をこれからは目指したいものです。

  「父親の 後を追うよに 母親も 死んだと聞いて 深い悲しみ」

  「今頃は 冥土の旅を 二人連れ 許されるなら 俺ら夫婦も」

  「こんなこと 初めて坊さん 口にする それほど珍し 二人揃って」

  「酉の日に 葬式しない この地域 よくよく聞けば 舞い込まないよう」

 

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