人間牧場

〇今年は甘夏柑が大豊作の予感
 わが家の宅地や家庭菜園につながる果樹園には何本かの甘夏柑が植えられています。本来柑橘類は病害虫に弱く、定期的に農薬をかけないと枯れてしまうのですが、柑橘原種に近い甘夏柑は病害虫に強く、私のようにオーガニックなどと格好いいことを言ってもはばからぬ強い樹種です。

法則の予感がする甘夏柑

 しかし老木に近くなると人間のように樹勢が衰えてくるようです。そのため飛び出した徒長枝を摘んだり、牛糞を元肥えにやったり、時にはスコップを踏み込んで根を切ったりして樹勢を保つようそれなりに努力をしています。それでも天候に左右され、今年のような少雨高温が長く続くと樹勢が弱り、玉太りもイマイチなのです。

 昨年は隔年結果の影響で自家用にも事欠くほど結実せず、楽しみにしていた方々に送ることが出来ませんでした。今年は玉太りはイマイチですが、なりは大豊作の予感です。甘夏柑は樹上で越冬保存し、柑橘類のなくなる夏まで楽しめる数少ない品種です。楽しみが増えています。

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇かつて私が担当して造った潮風ふれあい公園
 私は教育委員会を皮切りに、教育委員会13年⇒産業課4年⇒企画調整室9年⇒地域振興課9年⇒教育長2年と、37年間双海町役場に勤めましたが4回しか人事異動したことがありません。その中でも企画調整室ではまちづくりを地域振興課では3つの公園(シーサイド公園・潮風ふれあい公園・しもなだ運動公園)整備や運営などを担当しました。

 昨日薪にするクヌギの木の伐採のため、潮風ふれあい公園の頂上付近のクヌギ林から、久しぶりに潮風ふれあい公園やその周辺の景色を見る機会を得ました。潮風ふれあいの館という宿泊施設は当時町内に一軒も宿泊施設がないことから不便を囲っていましたが、国の補助事業の採択を受け、木造の施設を整備することが出来ました。

 周辺には運動広場や、4面のテニスコート、子どもの遊び場もあって、眼下に瀬戸内海の眺望が開けてすこぶるいい環境にあり、利用者の多い施設です。昨日は公園から西の端に沈む美しい夕日を見ることが出来ました。急いでシーサイド公園に降り、海抜4~5mの地点からも同じ夕日を見ましたが、それぞれ趣ある景色でした。

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇知らないことが多過ぎる
 私は昭和19年に生まれた79歳です。生まれつき頭の出来が悪く、加えて少年時代は家が貧しかったし長男だったので、将来は稼業である漁業を継いで漁師になるものと思い、勉強など殆どしませんでした。金持ちの家に生まれた同級生の何人かは、義務教育を終える前から中学・高校・大学を目指して勉強をしていました。

 そのつけが回ったのか、人と比較すると余りにもみすぼらしく、知らないことが多過ぎるため、かなり遅い学びを始めました。もう学びを終わるであろうこの歳になっても、まだ遅くはないと自分に言い聞かせ学びを続けています。知識の学びには①読む、②聞く、③見るがあり、知識を智恵にするには①書く、②喋る、③実践しなければならないと考えていますが、これが中々です。

 世の中は進化を続けていて、進化のスピードが速く、私の遅い進化のスピードでは追いつくことが出来ないばかりか、退化が進んでその差は開くばかりです。100歳まで生きると公言した私の未来年齢は後21年しかありません。これからも「知らないことを少しでも減らす」ために頑張って生きようと思っています。

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇あちらこちらからお届け物
 同居の孫が、「おじいちゃんは全国の色々な人から色々な物が送られて来て凄いねえ。何で?」と褒めながら不思議がられました。「友だちが沢山いるからよ。友だちは大事にしないと」と返しました。

 そんな話をしているところへ、「宅配便です」と言って、北海道の友人からそれは立派なホタテ貝が沢山届きました。早速小さな袋に小分けして、町内はもとより松山に住む息子や娘宅へ届けてやりましたが、私たち夫婦も息子たち家族も1人1個ずつ食べました。

 若嫁はグラタンの具材に、私たちは軽く茹でて刺身にして食べましたが飛びキルの味でした。今は宅配の技術が進んでいて、ホタテは生きたままでした。福島の原発被害で汚染水処理のため海洋放出をしていますが、そのことに反対している中国の輸入禁止措置でホタテ産地も大変な時だけに、心配しながら食べました。

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇イカが届きました
 魚を漁師さんから貰う人間からすると、鰆のような殆ど残飯の出ないものもあれば、鱗が固く飛び散る鯛のようなもの、また頭が大きくて捨ててしまうようなものまで色々あり、粗調理する担当としては、どちらかというと簡単で残飯の少ないものが好きですが、文句を言えるガラではありません。

 昨日届いて今日荒調理した水イカの類も、体形が小さく腹を包丁で割いて中のハラワタやスミ袋を取るのに一苦労するするため、余り好きではありませんが、折角この寒い海に出て獲った物だと思うと文句など言えるはずがありません。今日は比較的暖かく水もそんなに冷たく感じなかったので、約1時間ばかりかかって丁寧に調理をして水洗いをしました。

 タッパーに入れてラップをかけ、ここまでが私の仕事でした。妻は専用の冷蔵庫に入れ、今夜のおかずはイカの少し甘い煮ものでしたが美味しくいただきました。残りのイカは保存してお好み焼きにするそうです。私は余り好きではありませんが、無職なので愚痴を言う身分ではありません。(大笑いです)

「漁師さん 底引き網で 魚獲る 寒いこの時期 苦労も多い」
「イカ貰う 早速開いて 墨を取る 手は真っ黒で 孤軍奮闘」
「小1時間 粗調理する この頃は 俺も少しは 役立つ人間」
「瀬戸内の 小魚類は 手間かかる ゆえに美味しい 暮らし彩る」

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇一夜の宿を貸さなかった私
 今日の夕方、わが家へ見ず知らずの男の人が「一晩泊めてくれ」とやって来ました。聞けば隣近所へ「泊めて欲しい」と聞いて回ったそうですが、どこも色よい返事を貰わなかったそうで、何軒かの人が「若松の進ちゃん方だったら泊めてくれるかも知れない」と懇切にも場所まで教えてもらったそうです。

 弘法大師が一夜の宿を探すも、誰からも断られ橋の下で寝たという「十夜ヶ橋」の逸話によく似た話だし、泊めてあげたいとは思いましたが、昨晩同居の高一になる孫希心が交通事故に遭い、救急車で病院へ運ばれるなど、取り込んでいることから、丁重にお断りしました。その方は歩き遍路ではなくそれなりの車に乗って旅をしているらしく、路銀も持っているようなので、伊予まで走れば格安ホテルもあるからと場所を紹介してあげました。

 多分旅人を泊めてあげなかった「罰」が私に当たるかも知れませんが、最近の世の中は物騒で、「人を見たら泥棒と思え」ということわざもあって、強盗や殺人事件が起こる年末師走ゆえの苦汁の決断でした。皆さんの批判覚悟で、見ず知らずの人を泊めなかった小さな出来事を書きました。

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇毎日続けている地元のラジオ体操会
 私は毎朝午前6時に1万歩を目指してウォーキングに出掛けます。途中毎朝ラジオ体操に参加する人たちに出会い、「おはようございます」「今日も寒いですね」などと朝のあいさつ、時候の会話を交わしながら歩いています。

体操会会場に立てられている幟旗

顔見知りの人から「毎朝ラジオ体操を老人憩いの家よこの広場でやっているので参加しませんか」と、何度も誘いを受けているのですが、私は早朝に何かと忙しく時には県内外に出張するため参加す出来ない日が多くみんなに迷惑をかけたくないので、踏ん切りがついていません。

 ラジオ体操の体力づくり効果はよく知っていたり、体操会で相互のコミュニケーションをとるのは良いことなので、そのうちそのうちと延び延びになっていて、今朝も高齢女性からお誘いを受け、何にでも首を突っ込む悪い癖が頭を持ち上げています。

 

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇開会あいさつ
 第16回地域教育実践交流集会における私の出番は、開会あいさつと交流会のセリ市セリ人、それに人形展の展示と後片付け程度の比較的緩やかな役割でした。それでもそれぞれに重要だと心に決め、力を込めてやったつもりです。

特に開会のあいさつは①内気・②口下手・③無口を自認しているため、事前にパワーポイントを用意し、デジタルシステム担当の平岡さんに自作したUSBメモリーを渡し、私の目配せでスライドを順次送って欲しいと頼んでおきました。

 歓迎アトラクションが終わり、260人の集まる大ホールステージに案内された私は、マイクを片手にスクリーンを見ながら、アドリブで話しをし始めました。今年は歓迎アトラクションの川上子ども神楽のメンバーがインフルエンザにかかり出演できなくて、DVD映像を見ながら校長先生が解説をするというので、事務局から「少し長めに~」と指示があったことを頭に置き話し始めました。

 話はそれなりでしたが、私の話の締めくくりは、「7、4年後の20回目を目指して」であり、小通しのテーマ「かかわりをチカラに つながりをカタチに」、「〇ワクワク、〇ドキドキ、〇ジーン」とする大会にしようでした。

 そしてポストイットに「4年後の『私の夢』を描いてみよう」と締めくくりました。会場後方の衝立ボードに張られたポストイットには、沢山の4年後へのメッセージが張られていました。

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇懐かしい人との再会
 私は18歳で地元の青年団に入団して地域活動を初めてから、79歳になった今日まで約60年間も地域や人と関わって生きてきました。その間出会った人の数は数知れず、その人の名前や顔も多過ぎたり、加齢による記憶の曖昧さもあって、失礼ながら中々思い出せない人もいます。

 昨日地域教育実践交流集会の会場で三重県の岸川さんと出会いました。岸川さんは行列のできる孫の店で高校生が働くことで有名になった町の仕掛け人の一人で、日本観光協会の招きで2度ばかり講演に出かけた折知り合い、そのことを情報誌舞タウンに執筆した記憶がありますが、もう何年も会っていないので大いに驚き旧交を温めました

 聞けば今は三重県伊勢市で会社を興し息子さんたちとコンサルタントのような仕事をしているようです。同じ地方公務員として地域づくりに情熱を燃やした仲間の転身だけに、私と少し違った道を歩いている姿に多少驚き、再会を約しても別れました。

[ この記事をシェアする ]

人間牧場

〇孫奏心の晴れ舞台
 部員7人で11人のチームに挑む双海中学校サッカー部は、連戦連敗を続けていますが、そのことが人気漫画スピリッツで連載中のアオアシに取り上げられたり、シーサイド公園で開かれているアオアシ原画展の話題もあって、双海中学サッカー部キャプテンを務めている中2の孫奏心は、何かと面はゆい日々を過ごしています。

 先日市役所の松本課長さん経由で、新しい写真が数枚メールで送られてきました。今期の優勝と1部昇格が決まった愛媛FCのフラッグを、先日行われた愛媛FC最終戦で、双海中学サッカー部の選手たちが持って入場したのです。サッカー少年なら憧れる晴れの舞台なので、早速奏心に見せてやりました。

 公式戦に出場が出来るギリギリ崖っぷちの7人ゆえのスポットゆえ多少面はゆい感じがするのか、思春期ゆえ複雑な気持ちもある様ですが、全て過ぎてしまえばよき思い出になるはずなので、しっかりと記録してやりたいと思っています。

[ この記事をシェアする ]