人間牧場

〇行き場を失ったあれこれ

 去年の8月5日にシーサイド公園のリニュアール工事が始まったのを機に、中庭に長年展示していた丸木舟舳先を2メートル切り取って自宅へ持ち帰ったり、私が設立した第三セクター有限会社シーサイドふたみの解散が2月に決まったり、また長年第三セクターの社長を務めてくれていた若松利光下灘漁協組合長が2月にガンで亡くなったりと、好ましくない出来事が次々起こり、この1年間は意気消沈の面持ちです。

 発足以前の構想段階から数えると30年近くもシーサイド公園に関わっていたので、ふと気がつくとシーサイド公園は私の人生そのものだったと思うのです。公園そのものはリニュアールして新しく再生するものの、長年かけて積み重ねて来たソフト面が完全に消滅してしまうのも時代の流れで仕方のないことと受け止めていますが、やはり自分の生き方を否定されているような、寂しい気持ちをぬぐい去ることはできません。

 3月いっぱいで第三セクターはなくなるため、職員さんたちが会社の片づけをしているようで、会社が持っている不用品を処分するため、潮風ふれあいの館で小さなイベントを企画していることをネットで知りました。完全になくなる夕日のミュージアムには、私が夕日をテーマに集めた絵画や写真なども沢山あり、私個人が貰ったものや縁故を頼って三顧の礼を尽くして画いてもらった絵や書もあるので、行き場所も決まらないままとりあえず処分しないようお願いしました。

 その折、私が貰ってミュージアム内に展示していた2枚の写真と書を引き取って持ち帰りました。とりあえず昨年丸木舟の舳先とともに持ち帰った展示品とともに、心の整理がつかないまま煙会所の倉庫に収納しましたが、さて残されたこれらの展示品をどうするか?、ポジティブにじっくり考えたいと思います。

「30年 前に構想 した事業 ハードは残るが ソフトは残らず」

「30年 私の人生 大半を 費やしたけど 悲しき結末」

「口喧嘩 年甲斐もなく してしもた 詫びるべきだか 詫びざるべきか」

「まあこれも 時代の流れと 受け止めて 心入れ替え これから生きる」

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