〇亡くなった従兄弟に誕生日のメールを送る
3月2日の朝、いつものように午前4時過ぎに起き、書斎のストーブに火を入れ、パソコンのスイッチを入れました。そうこうしていると、「今日3月2日は若松利光さんの73歳のお誕生日です」と画面に表示されビックリしました。若松利光は私の従兄弟で、先月12日に73歳でこの世を去りました。私より3つ下でしたが年齢も近く何かと気が合い、特に下灘漁協の組合長や第3セクターシーサイドふたみの社長だったこともあり、深い交友をしていましたが、ガンを発病して帰らぬ人となりました。
死んだ人に誕生祝のメールを送るなど常識的にはあり得ないことでしょうが、「お~い進兄い。元気か。わしのことを忘れないように・・・」とのメッセージとも取れるので、届かないことは百も承知で、「若松利光さん、お誕生日おめでとうございます。そちらの暮らしはどうですか?。こちらは三寒四温の中で春が近づきつつあります。楽しみにしていた桜の花も見ないまま旅立ちましたが、利光さんのお墓の上の人間牧場には、去年一緒に見た早咲の河津桜が咲きました。毎週木曜日にはあなたの家を妻繁子と訪れ、線香を手向けて残された信子さんと過ぎし日のあなたの思い出を話しています。先に逝ったわが親父進・母トメ子に会ったらよろしく伝えてください。」とメールを送りました。
自分より3つも歳下なのに先に逝った従兄弟の死は、私にとって生きること、死ぬことの意味を考えさせられたかなり衝撃的な出来事でした。特に人間の寿命は100歳まで生きる長寿社会になったとはいえ有限で、必ず一度は死ぬのです。ゆえに悔いの残らないいい生き方をしなければなりません。23歳の時85歳まで生きようと生活設計を立てましたが、消費期限も後10年を切りました。今朝までの3日間天国からの着信メールを待ちましたが、残念ながら若松利光からの返信はまだ届かずです・・・。永遠に来ないのかも・・・。いや来るかも・・・。
「先月に 従兄弟忘くなり 3七日が 経った今頃 誕生祝い」
「届かない 百も承知で メール打つ 死んでも心 通じるように」
「この3日 待っているけど 返信も なくて寂しい 春雨シトシト」
「あああと10年 経つと私も あの世行き これから先は うかうかせずに」