〇孫は私たちの太陽です
孫たちと同居し始めて2ヶ月近くが経ちました。それまでは孫たちは適当な距離にいて、一ヶ月に一・二度訪ねて来ていたのが四六時中傍にいるものですから、見えなかった部分まで見え隠れして、要らぬおせっかいをしてしまうのです。二人の孫は2歳と4歳なのでエジソンという幼児用の箸を使ってご飯を食べていますが、4歳の孫は今年から保育園に通うようになったのでそろそろ箸の使い方を教えなくてはなりません。勿論それは親の教育の一環ですから私のような祖父の出る幕ではないのですが、何故か気になって入らぬ口出しをしてしまうのです。自分の子どもを育てた時はそんなこと無頓着で、何かにつけて口を出す親父の言葉をうっとおしいと思ったものでした。それが孫のことになると気になるのですから、「言わざる、見ざる、聞かざる」の三ざるに徹しようと思いつつ、ついつい口を出してしまうのです。
妻についても同じようなことがいえ、これまでたまにしか来なかった嫁が、毎日近くにいると同じようについつい気になるようで、鬼姑にはなりたくないと思って三ざるを心に決めていたにもかかわらず、目の上のタンコブとなっているのです。そこら辺を両方が割り切って越えないと同居はできませんが、家のリフォーム工事中だけに食べる場所と物こそ違えキッチンを一緒に使っているため、お互いが多少の戸惑いを隠せないようです。
泣いて保育園へ行くのが嫌だと言っていた孫は保育園生活にも馴れて、今では私と一緒に元気に通園しています。最近は通園の準備も早くて、「おじいちゃんまだ?」とせかされる始末です。
先日2階の窓の内障子を孫が破りました。最初は棒切れを振り回していて誤って破いたようですが、それが面白いのか今度は手で破ったようです。この障子は私たち夫婦が息子たちが帰ってくる前、綺麗に張り替えたものですから、これも教育とここぞとばかりに叱りました。そして泣き叫ぶ孫を押入れにお仕置きとして入れました。余程怖かったのか、それ以来今のところ障子を破ることはピタリと止まりました。
一昨日は息子が呑み会があったようで、嫁が車で迎えに行きました。その間孫二人は就寝の時間だったためお留守番をさせられました。寂しいと泣きながら布団の上で横になっていましたが、何とかお留守番ができました。またこれまで父母としか風呂に入らなかったのに、3日前から「男同士」と機嫌を取って私と一緒に風呂に入るようになりました。これも大事な親離れです。「男は?」といったら「男は泣かない」、「男?」と言ったら「男同士」、「おじいちゃんは?」と言ったら、「おじいちゃんは大好き」と返ってきます。金子みすヾの「こだまでしょうか」に似ています。
夕食を食べている私達の所へやって来て、「あれが欲しい」「これが欲しい」とおねだりする姿も愛おしいものです。時には優しいおじいちゃん、時には怖いおじいちゃんを演じながら、今は孫と楽しい日々を過ごしています。これこそ幸せ、今では私たち夫婦にとって孫は太陽のような存在なのです。
今朝も6時だというのに「お早うございます」とこましゃくれた言葉で私の書斎にやって来ました。
「孫二人 なんだかんだと 口相撲 日々楽しくて まるでペットだ」
「じいちゃんと お風呂に入ると 大はしゃぎ 妻と入浴 当分お預け」
「笑ったり 泣く声聞こえ 賑やかな わが家ただ今 幸せ気分」
「指きりの 指を絡ませ 色々な 約束しては 孫と楽しむ」