shin-1さんの日記

〇二人の若者が人間牧場へやって来ました」

 昨日は午前中えひめ地域政策研究背センターから、二人の研究員が間近に迫った地域づくり人養成講座の打ち合わせを兼ねて人間牧場へやって来ました。川渕博之さんは大洲市から、大政太さんは四国中央市からそれぞれ出向していて、県都松山で仕事をしているけれど、どこかふるさとの匂いがする人たちです。

 私もえひめ地域づくり研究会議の役員を長らくやっていたため、まちセンという愛称でえひめ地域政策研究センターが呼ばれていたころから、出向研究員とは長らく付き合っていますが、出向期間が終るとそれぞれの地域へ帰って本業の忙しさに翻弄されてしまうためか、その後は中々出会うこともままなりませんが、それでも出向中に培った様々な力を発揮して、それぞれの分野で活躍をしているようです。

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(人間牧場から見える潮目、二人はこの潮目をどうせめぎ合うか)

 昨日はシーサイド公園で待ち合わせをして、かつてセンターへ出向していた本市の松本さんと出会った後、それぞれの車で人間牧場へ行きました。昨日の人間牧場からの眺めは私が人間牧場と名付けた標高130メートルからの眺望が、コスモス(宇宙)を連想するようで、水平線の家やロケ風呂に座ってしばし人生について語り合いました。

 お二人とも若いだけあって発想が柔軟で、聞かれることに答える形で経験や考えを話しました。田舎者の私ゆえ、また浅学な私ゆえ、教えるものも伝えるものも何もありませんが、ただあのロケーションをバックに話することに意味があることを少し感じてもらったようです。

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(二人の後ろには目には見えないが北極星が存在します。目指せ北極星)

 私は若いころから日本全国を駆け巡り、今も機会をとらえて駆け巡り、色々な人と巡り会ってきました。人は人によりて人となるのですから、これからも大いに人に会う努力をしなければならないと思っています。川渕さんも大政さんも松山でまちづくりについて勉強する、幸運に恵まれていることをチャンスだととらえ、全国の多くの人と巡り会って感化を受けなければなりません。多分出向を解かれて元の職場に復帰すれば、先輩たちがそうであったように仕事に悩殺されて、存在さえも分からない状態になるのです。しかし今こそスキルを最大限にアップして、一味違った地方公務員になって欲しいと思うのです。

 私の町にも3年間センターに出向していた松本さんがいます。彼は3年間に培ったノウハウと人脈を最大限に活かし、しっかりと着実にまちづくりの世界で生きています。多分川渕さんや大政さんの当面の目標は松本さんだと思っています。そして出向を解かれて帰ってからの当面の目標も今の松本さんでいいような気がします。

 ただし町を愛する、町のためにやる、町を正しい方向に導くといった3つの目標は私も松本さんも人一倍持っていて、そのことだけはこれからも基本になるので、しっかりと頭に入れて頑張って欲しいものです。私は常々「地域づくり人は土日に育つ」と思っています。土日にゴルフや遊びにふけるのも決して悪いことではありませんが、土日こそビジネスチャンスだと思って努力すれば人罪・人在を脱して人材、更には人財となることでしょう。


  「コスモスを 感じる牧場 ロケーション 人間いかに 生きればよいか」

  「松山で 仕事ができる このチャンス 活かせばきっと 大成すます」

  「若者が 一字違いの 大間違い 馬鹿者になる 気をつけ励め」

  「私にも 若者時代 あったなあ 心は今も 若松ですよ」

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shin-1さんの日記

〇雨過天晴雲破処(うかてんせいくもやぶれるところ)

 私の自著本「昇る夕日でまちづくり」の「はじめに」という発刊に寄せた文章に、次のようなことを書いています。

 

 漁村に育った私は子どものころ、雨上がりの西の空に何ともいいようのない綺麗な光景を見た。それが「雨過天晴雲破処」という、北宋時代の皇帝が好んだ焼き物の色と同じだと知ったのは、恩師の一通の手紙からであった。雨が過ぎて空が晴れだし、雲の切れ目を通じて最初に見える淡い青空は、やがて茜色に染まり、夕日がゆっくり水平線にゆっくりゆっくりと沈んでゆくさまは、まさに絵になる光景であった。その時から私の意識の中に、夕日に対する「想い」なるものが存在し始め、今日までどれほどの数やの夕日を、「想い」を込めて見てきたかわからない。

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(夕観所から見た夕景)

 2000年12月31日午後5時11分(今世紀最後の夕日が双海町にしずむ一瞬の時)に書いた「まえがき」は、今読んでも手前味噌ながら面白い書き出しです。

 一昨日の日曜日は朝から大雨でした。いつ止むとも知れない雨の中でも前日までに決めた予定に沿って、またその日の行きがかりで起きたり寝たり、飯を食ったりテレビを見たり、この日のように従兄弟の新築祝いに夫婦で招かれて出席したりしたのですが、家に帰って書斎で原稿を書いていると、雨が降っているのに西日が庭の木々や裏山に差し込んで赤く染めました。

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(車庫の屋上から見た夕日夕景)

 不思議に思い外に出て西の空を見てみると、さっきまで重く立ち込めていた灰色の雲が押し上げられ真っ赤な夕日が見えるのです。急いで引き返しデジカメを持って夕観所から写真を撮りました。さらに車庫の屋上へ駆け上がって、雨に濡れながら再度夕日を撮りました。急いで撮ったためストロボを発光したため、食事中だった息子嫁は稲光と勘違いしたようでした。

 これが前述した「雨過天晴雲破処」なのだと一人納得しながら小雨に濡れながら鑑賞しました。いくら小雨でも、いくら短い時間でも傘を差さなかったら濡れるもので、ずぶ濡れになった私を見て息子嫁は、「舅は頭が変になったのでは?」と思ったに違いないのです。

 夕日をテーマにまちづくりをし、夕日に思いを寄せる私にとって、それがどうであれ夕日を見るととても気持ちが落ち着いたり、時には高ぶったりもするのです。一年の殆んどの時間を過ごしているわが町双海町であろうが、旅先であろうがその思いは変わらず、これまでも夕方になると胸騒ぎがするほどな気狂い人間なのです。

 たった一瞬だけ夕日を見ただけで、その思いの移ろいをブログに書こうと思うことじたい異常なのかも知れませんが、多分これからも死ぬまでこの異常な状態は続くことでしょう。

  「雨に濡れ 夕日眺める 姿見て 嫁も自分も 異常感じる」

  「自著本の はじめの文章 思い出す 雨過天晴を 目の当たり見る」

  「自宅から 夕日眺める 贅沢が できる私は やはり贅沢」

  「この夕日 果たして誰が 見たのだろう 私一人か しめしめ思う」

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