shin-1さんの日記

○朝日新聞全国版に載る

 わが家は地方紙である愛媛新聞を購読しています。勤めていたころは職場で色々な新聞を読み比べることができていましたが、退職した今では地元紙一紙だけなのです。そんなこともあって、「○○新聞にあなたのことが載っていた」なんていわれ、慌ててその新聞を隣町のコンビニや駅のキオスクへ買いに行ったことが何度もありました。思い出すのは朝日新聞の天声人語に私のことが紹介された時でした。北海道の友人から早朝に電話で起こされました。「あなたのことが今朝の朝日新聞の天声人語に書かれている」というのです。新聞を作っている東京ならいざ知らず、はるか北の大地の足寄町からの電話だったものですから大きな驚きでした。早速単車を走らせて隣町の駅の売店へ出かけました。当時はコンビニもなかった時代ですから唯一駅の売店しか新聞は売っていなかったのです。でも早朝だったので売店は閉まったままで、結局朝日新聞の配達所を探し当て1部無理を言って分けてもらったのです。天声人語といえば知る人ぞ知る知名度抜群のコラムです。そこに紹介されたのですから反響は抜群で、知人友人から沢山の電話を頂いたことを覚えているのです。

 今回はかなり以前の4月10日に取材を受けていたものなのですっかり忘れていました。数日前朝日新聞の記者から採集問い合わせがあった時も、取材からの間隔が余りにも長かったためピンとこなかったのです。えひめ地域政策研究センターに出向している松本研究員から昨日メールが入りPDFファイルで新聞の切り抜きを送ってもらいました。

若松進一ブログ

(私が畳の上でデジカメ撮影したお粗末な写真)

 記事はニッポン人・脈・記、ふるさと元気通信?という紙面でした。「夕日は宝 地吹雪も宝」というタイトルで私と青森県津軽の地吹雪ツアーを企画した角田さんが紹介されていました。私の記事は夕日に出会ったころのいきさつが克明に描かれていました。もうひと昔前のことであり、「ああそんなことまあったなあ」と感慨深げに読ませてもらいました。昨日ビアホールに行った帰りに近くのコンビニで妻は、朝日新聞を一部買い求めてくれました。帰ってそれを畳に広げて写真に撮りました。後で気がついたのですが松本研究員からメールに添付して送ってもらっていたことをすっかり忘れてしまっていたのです。


 新聞の切り抜きは夕日やまちづくり、21世紀えひめニューフロンティアグループ、私の生き方などの分野で山ほどあって、段ボールの中に山ほど入れられて倉庫で眠っているのです。年齢やリタイアしたこともあってもうこれが最後といつも思っているのですが、断っても断っても新聞やテレビ、雑誌などの取材は相変わらず多いのです。まあ仕方がないかと諦めているのですが、早速2、3日うちに雑誌の取材がひとつ入っていて、対応に苦慮しているところです。

 早速昨日は知人友人から沢山の感想メールが寄せられました。近況がわかって嬉しい半面、またしっかりせねばと少し心のネジを巻き直しているところです。


  「新聞 買いにコンビニ 立ち寄って 一読汗顔 穴があったら」

  「もうこれが 最後といつも 思ってる 新聞テレビ 雑誌の取材」

  「新聞を 見たよ読んだよ メール来る 近況分り 近況知らす」

  「何故夕日 朝日新聞 ミスマッチ 思わず笑う これもお愛嬌」 

[ この記事をシェアする ]

shin-1さんの日記

○ビールも飲まないのにビアホールへ

 酒を止めてから10年近くになりました。にもかかわらず相変わることもなく宴会のついた会議が多く、その都度ウーロン茶を飲みながら酔ったふりをして、次第に君子豹変してゆく周りの人を観察しながら過ごすのですが、会費は飲む人と同じように取られ、少々分の合わない疑問を感じています。でも酒を飲んでいたころは大酒を飲んだ分余計に払ったこともない訳ですから五分五分といったところでしょうか。

 昨夕は妻の計らいで大和屋という道後のホテルで開催されているビアホールへ食事を兼ねて出かけました。大和屋というホテルの料理人をしている姪がノルマとしてチケットを販売しているので、その片棒を担いだのです。毎週金曜日にわが家へやってきて、妻にお花の出張指導をしてもらっているお花の先生を招待し、ついでに近所道後緑台に住んでいる孫朋樹も誘い4人での食事会となりました。2階ホールには万席ではありませんでしたが、時間が経つにつれてそれなりに客が集まっていました。予約席に陣取って飲み放題食べ放題の1時間半が午後6時に始まりました。和洋中華折衷のメニューは豊富で、メインテーブルに並んだ料理の中から肉類、魚類、野菜類、スイーツ類、麺類、果物類などを少量多品目好みに合わせ選んで皿に盛り、手当たりしだい食べるのですが、飲み物と一緒に食べるので15分ほどすればお腹いっぱいになってしまいました。

若松進一ブログ

 孫の朋樹は色々な料理に挑戦していましたが、オレンジジュースを3杯もお代わりしてご満悦でした。妻もお花の先生も少しだけビールを飲もうと大ジョッキに半分程度入れて挑戦していましたが、殆ど残してしまったようです。朋樹は私のカメラを持ち出して妻と先生の食べる姿を写真に収めました。私も朋樹の写真を撮ってやりましたが、孫は今日前歯が抜けたそうで、ずっこけた姿になっていました。

若松進一ブログ
若松進一ブログ

若松進一ブログ

 色々な話をして和やかに過ごしましたが、1時間半はあっという間に終わりました。さあ今度はお風呂です。お酒を飲まない私たちにとってお風呂とセットになっているのはこのチケットの魅力なのです。孫と私は早速エレベーターで地下1階に降り風呂に入りました。ビアホールの宴会はまだ続いていたため広いお風呂には殆ど客がおらず、まるで私たちの貸し切り専用みたいなものでした。道後温泉の、しかも一流ホテルの温泉は手入れも行き届き、まるで温泉旅行を楽しんでいるようなゴージャスな気分になりました。朋樹は私の背中を流してくれ、私も朋樹の背中を流してやりました。あんなに小さかった孫も、はや小学校一年生に成長しているのです。それに比べ私は緩やかながら老いへの坂道を下っているのだと鏡を見ながら納得しました。

 やがて風呂も楽しんだホテルをお出て孫と先生を送り届け9時半ころにわが家へ帰ってきました。束の間の楽しかった余韻を感じながら床に着きました。

  「酒飲まぬ 身でありながら ビアホール 割に合わぬが 料理納得」

  「三杯も ジュースお代わり する孫に お腹心配 大丈夫?かと」

  「頭上 タオルを置いて いい湯だな 道後温泉 孫と楽しむ」

  「飲むほどに 酔う人の声 高くなり これもまたよし 活気があって」

[ この記事をシェアする ]