○努力で格差の出る時代
同級生に久しぶりに会いました。同級生ですから当然昨年定年を迎えています。お互いが近況を報告したのですが、彼が唐突に「進ちゃんあんたがうらやましい」というのです。「何で」と尋ねると「あんたは生き生きと生きて輝いて見えるというのです。「そんなことないだろう」と打ち消しましたが、ここだけの話ですが私の目から見ても「私の方が輝いているな」と思いました。
「まあお茶でも」と彼を誘って喫茶店に入り積もる話をしました。彼は退職後のんびりしたいとまだ再就職はしていません。つまりやることがなく目標を持って生きていないのです。私は再就職を勧めはしませんでしたが、何か自分が熱中できるものを探したらどうかとアドバイスしました。「たとえば」と返されたので、「私の場合は人間牧場やブログで随分進化してきた」と話しました。「ブログって」「人間牧場って」と矢継ぎ早に質問されましたが、これまでよりこれからどう生きるのか考えなさいといって分かれました。多分彼が何の目的も持たず生きるなら、彼とは同窓会程度の出会いで終わるだろうなと思っていました。
ところがデス。先日旅先から帰って私のメールを開いてみると同級生のY君からたどたどしい短い文章ながらメールが入っていたのです。「娘に教えてもらって初めてメールを打ちます。君の話を聞いてこれはいかんと思いました。またメールします。ああそれから娘のパソコンで君のブログを読みました。妻に相談して近々パソコンを買います」だって・・・・・。
私は彼のメールを見て「努力で格差の出る時代」だと思いました。勝ち組負け組みが問題になっていますが、勝ち負けではなくどう生きようとして生きたかが問題なのです。侍従主義の世界で格差は当たり前の出来事です。努力もしないで「果報は寝て待て」なんて時代はとうに過ぎました。いい人生の仕上げのためにも頑張って欲しいと思っています。
「今朝彼からメールが入りました。「パソコン買ったぞ。今はあつかましがられながら娘がパソコンの先生です」。」まるで子供のようなはしゃぎ方がメールの向こうに見えてくるようです。パソコンが人生のすべてではありません。でもそのチャレンジはまた新しい情報や人、それに自分の発見にも繋がるのです。頑張れ61歳のおやじさん。
「パソコンを買ったと届くメール見てエールを送る嬉し一日」
「人間はみんな同じと教えられ何もやらずに果報寝て待て」
「朝早くホテルのメール独占しブログ書いてる自分に気づく」
「群集が無造作歩く歩く沖縄の国際通りいつか来た道」