〇年輪塾開講(その2)
大洲市中央公民館の4階にある大洲市立博物館に集合した年輪塾塾生18人の一行は、まず博物館入口の中江藤樹にまつわる展示物を見ながら、学芸員のお話を聞きました。歴史上に生きた人が書き残したものには、真筆もありますが贋作も多く、素人の私たちには中々判断がつきにくいものです。いきなり二つの軸物を見ながら中江藤樹の人物について考えました。中江藤樹という名前は本人の名前ではなく、周りの人が付けた名前であって、本名は中江与右衛門といいます。したがって藩主の国替えで米子から10歳で大洲藩へ移り、27歳で大洲藩を脱藩する大洲での17年間は、与右衛門なので、中江藤樹と書かれたものは贋作となるのです。
私たち一行は観光駐車場に車を止め、その後歩いて大洲小学校の校庭に建っている藤樹少年像や大洲高校の藤樹坐像を見学しました。少年像には立志の、坐像には辞職嘆願書を新谷藩家老に提出する脱藩前の決意の姿が見て取れました。特に大洲高校の坐像は彫刻家塩崎宇宙が作った力作で、色々な写真資料で見たり聞いたりしていましたが、屋敷跡近くゆえにそこここに咲き始めた藤の花の甘い香りとともに、中江藤樹ワールドへ引きこんでくれました。大洲高校内には15歳になった与右衛門が祖父と別居して鉄砲町の屋敷に住み始めていますが、その屋敷跡に至徳堂が建てられていて、この日の座学は古式豊かにこの会場を使わせてもらいました。
藤樹塾のまず最初の講義は大洲市立博物館館長上田敏先生の、「中江藤樹その生き方と教え」です。上田先生は私たちのためにパワーポイントを使って、次のことについて詳しく、しかも時系列的に分りやすく話をしてくれました。また当日は大洲藤樹会の辻喜千治さんも同席していただき、ごあいさつをいただきました。
Ⅰ藤樹先生の生涯
Ⅱ藤樹先生のふるさとを訪ねる
Ⅲ藤樹先生と大洲
Ⅳ藤樹先生の教え
Ⅴ親しみやすい「よえもんさん」
「年輪を 刻むが如く 徳を積む 藤の咲くころ 藤樹を学ぶ」
「至徳堂 座学だけれど ハイテクの パワーポイント 使って講義」
「世の中にゃ 道を究めた 人ありて あれやこれやと 多くを学ぶ」
「庭の隅 藤樹飲んだと 伝え聞く 苔のむしたる 井戸側ありて」