〇一年に一度の懐かしい呑み会
「市町村職員年金者連名伊予支部双海分会」という会員60人足らずの、私が所持区している小さな団体があります。昨年その総会に出席したところ、副会長が会長に格上げされる申し送りで、断わる理由もなかったため会長となってしまいました。会長といっても年に一度の総会の日程や場所を何処でするかを決めるだけの権限で、後の事務全般は地域事務所の課長さんがやってくれるので、何の造作もなく今年も10月12日に地元の料理屋双楽で総会を開きました。
総会には18人の方が出席され、私のあいさつや会計報告、監査報告も5分ほどで済み、お楽しみの呑み会となるのです。
昭和30年に下灘村・上灘町が合併して、双海町が誕生して56年余りが経ちましたが、出席者の中には旧双海町以前の下灘村・上灘町役場時代を経験している人もいて、懐かしい昔話に花を咲かせました。幾星霜を超えた昔話は時として懐かしく思い出されるもので、私も隣に座った戸田さんとかなり長い時間お話をしました。戸田さんはパソコンや携帯電話といった、デジタル情報のない時代に仕事をした人で、勿論私も辞める少し前に仕事がデジタル化されたものの、それらが仕事の大半を占めるまでには至りませんでしたが、辞めてから一念発起して独学でどうにかパソコンや携帯電話を使っているものの、時代遅れな人間であることは自分自身が自認しているのです。
パソコンは非人間的だと、戸田さんが言う話には私も少なからず同調しますが、だからといって私からパソコンや携帯電話を取り上げてしまったら、まったく情報源を断たれてしまうことになるのです。私が毎日2本書いているこのブログ記事も、戸田さんや集まった殆んどの先輩・同僚の人には伝わるすべもなく、正直なところ時代感覚の差を感じてしまいました。
集まった人たちのもっぱらの関心事は、集まらなかった会員の音信でした。幸せなことに今年度は会員の訃報を聞くことはありませんでしたが、Aさんが脳梗塞で入院しているとか、Bさんが病気になったとかいう風の噂を聞く度に、悲しい気持ちになるのです。
元気で過ごしているのに、この会に顔を見せない人も何人かいて、余り大きな声では言えませんが、「あいつは付き合いが悪い」と悪口を言われていました。まあ価値観は人それぞれで、昔を懐かしむだけで何の特典もない呑み会ですから、ほかの事を優先する気持ちも分かりるのです。でも進み行く社会の中で、人生の殆んどを費やして共に職場で生きてきた人たちと出会って、束の間にせよ当時を懐かしみながら酒を酌み交わすのも悪いことではないと、私はこれからも許せる限り参加しようと心に決め、「来年も元気で」と再会を誓い合い散会しました。
「デジタルな 時代だからこそ 逢うことに 意味があるんだ 集まり呑もう」
「人生の 大半共に 過ごしたる 先輩同僚 あの日あの時」
「進めども 少し遅れた 人たちと 感じながらも 時間共有」
「来ない人 悪口肴 これもまた 楽しきことと 盛り上がり呑む」