○なくなった名刺入れ
「歳をとるとろくなことはありません。物忘れがひどくて、先日も作業をしていて眼鏡をどこかに置き忘れ一生懸命探していました。それを見ていた妻が『お父さん何を探し取るの』と言うのです。『眼鏡を探しとるんじゃが、わしの眼鏡を知らんか』と言ったところ、『何言よるん、眼鏡だったらほら自分の頭の上にあるでしょうが。あんたボケたんと違うん』と言うのです。私も耄碌したものよと自分自身がホトホト情けなくなりました」とは私の話ではなく、はい先日退職をしたばかりの私の友人の嘆き節なのであります。私にそんな話をした後、「あんたはそんなことなかろうなあ」と同調を促すような話でしたので、「ええ、お互い歳ですから忘れることが多いですなあ。忘れんと勉強したことを全部覚えよったら偉くなり過ぎて大学へでも教えに行かなならんようになったり、頭が爆発しますけん、忘れるぐらいが丁度ええのかも知れませんなあ」と冷やかし半分に笑いながら話しました。彼との前置きの話で「あんた自由人になったそうなが、日ごろは何をし過ごしよるん。わしは家が百姓でもないし毎日お休みで何もすることがありませ」。(私)「はい毎週愛媛大学へ教えに行っとります」と会話を返していたので「しもた」と思ったのですが後の祭りでした。
透かさず私は「私も最近忘れ状がよくなって、3日前にも名刺入れがなくなりまして、大事な名刺が入っていたので随分心当たりを探しましたが結局見つかりませんでした。特に家を掃除する妻に『お前が何処かへ片付け忘れたのでは』などとあらぬ詮索で疑ったりもしました。ところが朝の目覚めのとき急に思い出し、夜が明けるのを待ってその場所に行ってみると、何と私の名刺入れがあるではありませんか。しかもあの沢山の来訪者が来るシーサイド公園の石の上に、誰も築かなかったのか、気付いてもつまらぬ物だと敬遠したのか分りませんがよくもまあご無事で」と話しました。彼と同じように私も物を忘れることが多く、最近は出かける時に「ハトがマメ喰ってパーパー」などと確認して出かけるのです。「ハンカチ・時計・万年筆・名刺入れ・免許証・携帯電話」と触りながら確認するのです。
私の名刺入れはコカコーラから『環境教育賞」なるものを頂いた折、記念品で貰ったものです。品がよいのか相当使っているのですが色あせることもなく重宝しています。名刺入れには一週間分くらいの頂いた名刺も入っているので、名刺入れの紛失はそれらの紛失にもなって迷惑をかけてはいけないと思って探したのです。
でも物忘れして紛失した物を発見した時の嬉しさは言葉に代えがたいものです。疑った妻に「やっぱり思った通りシーサイド公園にあった」と見せると、「やっぱりを思い出すのが遅すぎる。何よ、私を疑ったりして、あんたも歳ねえ」で一応幕引きとなりました。しかし名刺を探していて新しい発見もありました。なくなって諦めていた木製の名刺入れが車の座席下から出てきたのです。もう1年間も行方を追っていたお尋ね物を探し当て、私の名刺入れは代替品として後に購入した木製名刺入れを含めると三つになったのです。目出度し目出度しです。
「忘れ状 歳のせいでは ありません 注意をすれば 何てことない」
「忘れ物 したきっかけで 別の物 見つかり喜ぶ たまにいいこと」
「三日間 よくもご無事と 名刺入れ 探し当てたる 公園の隅」
「言うた後 しもたと思う こともある 口は災い つつしみ深く」