shin-1さんの日記

○雨のち曇少し晴れ

長期予報だと今週は全て雨でした。四国地方は大雨で特に高知県では雨が降り過ぎて列車の運転を見合わせたり、野村ダムや肱川ダムでは放流するというので下流域へ注意を促す放送までテレビやラジオでしていました。私たちの町の中心を流れる上灘川もかなり増水して白い花をつけたクレソンが無残にも水流に洗われていました。

 今日は五右衛門風呂脱衣場の板張り壁面や天井、それに床にワックスを塗る作業をしようと人間牧場へ向かいました。今日は多分雨だろうと思い込んで脱衣場の壁、天井、床にワックスを塗り始めたのです。ワックスの匂いは強烈で少し頭が痛くなるような感じでしたが、10時から昼間での2時間ほどで作業を終えました。今日は妻が民生委員からみの集会があるとかで、めかして外出するため弁当が間に合わず、パンと麦茶、バナナと清美みかんなど手当たり次第に袋に詰めていましたので、簡単な昼食となりました。昼飯をを終えたごろにはどういう訳か曇りながら西の方から天気が回復してきたので、先日に続いて小さい畑の草取りをやりました。何せ来週の土曜日が芋植えなので急がなければならないのです。この畑は小石がゴロゴロしており、テミで5杯くらいは石ころを集めました。

 そのうち息子から電話が入り、注文していた水平線の家の冷蔵庫が荷送りされたので取りに来るよう言われましたが、丁度次男が夕方まで休みとかで、親類のトラックを借りて松山まで積みに行ってくれました。

 この冷蔵庫は普通だとかなり高価なものだそうなのですが、かなり安く買えたと鼻高々でした。午後3時過ぎに荷物が到着し水平線の家に二人で担ぎ込みました。荷物を開けるのは息子がするそうなので明日までお預けです。

 次男が帰った後、草をむしりながらふと沖を眺めると、雨上がりの海は穏やかで、まるで水墨画を見てい

るような風景が目に止まり、デジカメで2~3枚撮りました。


 この写真は沖合いに浮かぶ大洲市長浜町の青島で、私たちは子どもの頃からこの島の遠望を見ながら育ちました。青島の向こうにかすんで見えるのが周防大島、かつての山口県東和町辺りです。

 この写真は私たちが熱い思いを寄せた「ひょうたん型由利島共和国」こと、松山市中島の由利島です。私は今でもこの共和国の大統領です。但し島は別の人のものなのです。

 この島は伊予の小富士と呼ばれる松山市のごご島です。写真に撮るとこんな色にしか見えませんが凄いロケーションでした。最近はブログに写真を取り込むことが出来るようになったため、いつもデジカメを持参しています。今日をもカメラを持参してよかったとしみじみ思いました。

  「墨絵でも 見ているような 風景に 草取り休み しばしたたずむ」

  「あの島に 想いを寄せる 人がいる 今は文のみ 元気でいるやら」

  「雨ですよ 出掛けに妻の 声背なで 聞いたけれども ボロねじ今は」

  「海もいい 島もいいけど 雲もいい おれのセンスも それなりいいね」

[ この記事をシェアする ]

shin-1さんの日記

○大学の授業始まる

 早いもので愛媛大学法文学部の非常勤講師を引き受けて4年目を迎えました。五里霧中の1年目に比べれば月とスッポンという感じの4年目です。4月のガイダンスを経て私の教室を選んだゼミ生は22人です。今日大学の事務局へ立ち寄って名簿や教室の打ち合わせを行った折、事務局の職員が「先生の教室は沢山の申し込みがあって中々の人気でしたよ」と言うのです。私には分りませんが私の教室を選んだ人は多かったようですが、担当教官の第一希望を考えて上手く振り分けたようです。3年前は事務局職員や学生から「先生」と呼ばれても他人事のようでしたし、今でも違和感がないわけではありません。でも大学内だけだったら「まあいいか」と思いつつ「先生」という呼び名に甘んじることにしました。今日は初講義ということもあって、一年間のガイダンスと今日のテーマである「地域振興・まちづくり概論」を話しました。今年の学生も見るからに真面目で好感の持てる学生が多いようで安心しました。

 私の担当は夜間主です。夜間主といえば何か暗いイメージがありますが学生は明るく、黙々と勉強しており午後6時から始まる授業も全員出席ですし、90分間私語ももなく熱心にメモを取っていました。私は普通講義日は大学へ午後4時30分に自宅を出ます。午後5時20分くらいに大学構内車を乗り入れます。守衛さんともこの3年間ですっかり顔見知りになって、時折新人の守衛さんに呼び止められますが、大学から交付された駐車証を見せるとかしこまって敬礼をしてくれます。駐車場は何時もいっぱいでスペースを探すのに一苦労です。誰しも少しでも近い所を選ぶのでしょう。それから出勤簿に印を押し資料のコピーを行います。午後5時40分には講義のスタンバイを完了し、娘婿の岡本助教授の部屋を覗きます。義理にせよ親子といえども大学での娘婿は遠い雲の上の助教授先生ですから、出来るだけ「先生」と呼ぶようにしていますが、この呼び方も最初は何か抵抗がありました。今は割り切っています。助教授の部屋はどの部屋も煩雑で足の踏み込む場所もないほど本で溢れています。外目には格好いい仕事のように見える大学の先生もこんな沢山の本を読んで日々研究をしているのかと思うと、ついつい頭が下がります。でも僅か10分ほどですが助教授の部屋で空気を吸うだけで何となく落ち着いてきます。

 私に与えられた年間講義時間は60時間です。毎週水曜日が講義日なので、余程のことがない限り毎週水曜日は大学へ行かなければなりません。サンデー毎日の自由人とはいいながら一週間が来るのがとても早く感じます。でも講義日が近づくと何かワクワクするから不思議です。多分若い学生のエネルギッシュなパワーをいただく嬉しさでしょう。

 大学の殺伐とした構内もケヤキ並木に緑が日増しに濃くなり、無造作に置かれた学生の自転車が寂しく雨にぬれ、外灯が照らしていました。

  「出席簿 見ながら名前 はいと言う 再度促す 小さな返事」

  「202 書いた教室 こじんまり 黒板背にして チーパッパ」

  「眠らずに 聞かせる講義 自信あり 気構えだけは 教授並みだね」

  「先生と 呼ばれ一瞬 俺のこと 辺り見渡し やっぱり俺か」

[ この記事をシェアする ]