○わが家の敷地は660坪
都会の人が聞くと信じ難いような坪数660坪、はいこれがわが家の敷地面積なのです。この坪数を聞くといかにも金持ちみたいに思うでしょうが、わが家は先祖代々誇りある貧乏なのです。貧乏は決して悪いことではありません。昔貧乏だった成り上がりの芸能人が体一杯に光ものを身に付け、何億円もする豪邸に住んでいるのをよく見かけますが、結果的には遺産相続や苦労を知らない子どもが事件を起すのを見る度に、「ああ貧乏人に生まれて良かった」と胸をなでおろすのです。
敷地が広いことは家の周りでいっぱい安全な野菜や果物を作ることが出来るし、作る喜びもあるのです。ところが困ったことが一つだけあります。それは何処へでも辺り構わず生えてくる雑草の処理なのです。ビオトープだと思えばいいのでしょうが、人間様が住んでいるので草を生やし放題というのも外目もあるので引いたり削ったり、時には草刈機で刈ったりもしますが、草の成長は早く追いつかないというのが正直な話です。
わが家で草を引く人の第一人者は88歳の親父です。朝も早くから夕方まで草に文句を言いながら引いています。もし親父がいなくなったらわが家は草だらけになることは私が保証します。そのくらい親父の草に対する執念は強く、来訪者が菜園畑を見て「ここの畑は綺麗にしていますが草が生えないのですか」と冗談交じりに言うほど綺麗にしています。
今朝は書いたブログの入力の調子が悪く思わぬ時間がかかってしまいましたので、隠居へ行く時間が少し遅れてしまいました。そのためでもないのでしょうが、私の部屋の窓から「毎日草の手入れに疲れた。お前も少し手伝わんとこの家は草だらけになる」と何時になく弱音を吐くのです。今日は原稿の締め切りで忙しいのにと思ったのですが、「午前中だけでも手伝うから」と約束をして食事を済ませ外庭に出ました。確かに親父の言う通り庭の隅々には数週間前まで綺麗だったのに草が目立って生えています。それから3時間ただひたすら中腰で草を引き、身頃を迎えているつつじの裏庭は草削りで削って行きました。近くに住む姉が父の昼食のおかずを届けに来てくれ雑談をしながら姉も草を引いてくれました。途中から親父はいなくなりました。そうです。テレビの番組に時代劇があるものですから中に入ってちゃっかり一人で見ているのです。私は午後から講演の打ち合わせに岡山県から担当者がやって来るので、何としてもそれまでにはと馬力をかけてやりました。お陰さまですっかり綺麗になり親父も嬉しそうでした。
祖母が元気な頃この除草は主に祖母の仕事でした。祖母は草を引きながら「私が死んだらこの草は誰が引くのだろう」と言っていました。いま親父が同じようなことを暗に頼りない息子の私に向かって言っています。多分私も同じようなことを3代に渡って言い続ける事に違いありません。
でもふと思うのです。私は祖母や親父のようにマメに草引きなど出来そうもなく、まったく自信がないのです。「お父さんなら大丈夫」と妻は自分のやらない分だけ私を褒め殺しして使おうとするのですが、そうは問屋が卸しません。数年前に亡くなった近所のおじいさんの庭は、私の親父と同じように草もはやさず綺麗に手入れをしていましたが、今は住む人もなく雑草に覆われています。昨日その庭の前を通って雑草に覆われている中でもつつじが咲いていました。見る人もなく咲く花も哀れなものです。あんな花にはならせてはならないと心に誓いました。
「雑草と 家族の戦い エンドレス 何時まで続く 死ぬまで続く」
「雨上がり 気持ちよさそに 草伸びる 悪いのですが 引かせてください」
「祖母守る 庭で親父が 後を次ぐ 次を次ぐのは 私でしょうか」
「草のよに 植えたものも 出来たらと 草の勢い 羨ましけり」