○忘れることの意味
私只今61歳、親父88歳、その差27歳なのですが、この歳になって親父にどうしても勝てないものがいっぱいあります。その最たるものは年齢で、こればかりは生まれた時から死ぬまでよう追いつきようがありません。それから手先の器用さとチャレンジ精神もギブアップです。一昨日からミニチュアの水車を作っていますが、実に見事な空想と実践が融合されていて、感心する外ありません。また88歳だというのに、7キロ先の診療所まで自転車で行く有様です。若い頃ガンを患ったこともあって「もう長くはない」と口癖のように毎日言っていますが、まだまだあの世は遠いようです。
しかしその父も最近物忘れすることが多くなりました。昨日も私が外出から帰ってみると、メガネの置き場所が分からないと、家や畑を探し歩いていました。
ところが夕方になって通院している診療所から、忘れ物らしいメガネがひとつあると連絡がありました。親父にして見れば、家の周りにあるはずと信じきっているものですから、今日自転車でわざわざ診療所まで確認に行ったところ、自分のものだと分かりました。
「あー、自分のメガネを置いた所も思い出せない」と嘆いていますので、私がすかさず「じいちゃん世の中のこと全部覚えとったら、頭が爆発するから、神様がすこし忘れた方がよい」と思って忘れさせてくれるのよ」と、遠くなった耳元で話してやりました。また「歳をとるとロクなことはない。歳はとられん」と言うものですから「歳をとるということは素晴らしいことだと思わんと」と言ってやりました。
差別用語だから痴呆症のことを認知症というようになってまだ日は浅く、一般には馴染みのない言葉ですが、痴呆になることもある意味長生きの証だと諦めれば上手に付き合うことが出来るのだと思います。
我が家もいよいよ高齢者介護が重要なテーマになってきました。退職したら旅行三昧なんて思っていた妻も、少々観念した様子ですが、親父が元気なうちに旅行にも連れて行ってやりたいものです。
一昨日我が家でも大騒動が起きました。泊まりに来ていた孫と娘が帰る時、妻に渡したはずの娘の車のキーがどうしても見つからないのです。いくら探しても見つからず諦めかけていた所、車の横の長い塀の上にチョコンと置いているではありませんか。「じいちゃんの物忘れを笑うけど、私も一緒だわ。歳はとれんねえ」とは妻の弁、私がそんな失敗をしたらとがめられますが、それでも「オホホ」と笑って自分の失敗を済ませるところが妻らしい。いえ、人のことを言える立場ではありません。私だって一日のうちどれほど探し物に時間をついやすることか。お互い様です。