shin-1さんの家

○水平線の家に望遠鏡

 長男が子どもの頃に小遣いを貯めて買った望遠鏡が、使われなくなって部屋の隅に置かれているので、思い切って水平線の家へ運ぶことにしました。水平線の家は眺望がよいので望遠鏡で見る必要はないのかも知れませんが、肉眼で見えない部分や星の観察、野鳥の観察だって出来るのではと思っています。

 子どもの頃、この場所で「海の向こうに何があるのだろう」と思い巡らせた空想の世界は、望遠鏡という文明の利器によって、夢から現実へと引き戻されてゆきますが、それもまた現実なのです。

 海側から見ていた山も山側から海を見るとまったく別の世界が広がります。また肉眼マクロから望遠鏡ミクロへ視点が変われば、新しい発見によって発想の転換が生まれます。かつて青年の船でアメリカへ行った時、世界地図の真ん中に日本ではなくアメリカがあったあの驚きが、後の私の発想を変えるのに大いに役立ちました。

 望遠鏡で海を見ると、行き交う地元の漁船や、島々の位置がよく分かります。かつて無人島に挑む少年のつどいなどで20年間も私たちの青春をたぎらせた無人島由利島も、静かなたたずまいを望遠鏡の中に見ることが出来ます。シリーズで「水平線の家望遠鏡物語」でもルポすると面白い世界が広がるのではと思ったりしました。

 今日の新しい発見をひとつ、「海の色は空の色によって変わる」ことを発見しました。抜けるような青い空の日は、真っ青な海が一面に広がりますが、雨の日や曇りの日にはくすんだ灰色の海になります。また夕日が茜色に輝けば海は真赤に染まります。このことを日々の暮らしで考えれば、灰色の心だと見るもの全てが灰色に見えてきます。心は人生を写す鏡かも知れませんね。

 海の色が部分によって変わる時があります。流れる雲が海に写るのですが、昔はこの色と魚影というか魚の群れが似ているため、随分魚見さん(山の上から魚群を発見し漁船に知らせる人)を悩ませたようです。私たち素人にはその区別などつきようもありませんが、目のよい魚見さんは微妙な海面の色で、鰯やサバなど魚種まで見分けたそうです。あっいけない、望遠鏡物語が始まってしまいました。この話の続きはまたあ・と・で・・・・。

 望遠鏡と一緒に双眼鏡も持ってきました。望遠鏡と双眼鏡は水平線の家の備品です。大切に。

 

 

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