shin-1さんの日記

○岡山にて今宵社会教育を語り合う

 今晩のお宿は岡山駅近くの東横イン岡山駅西口右というホテルです。今宵は誘われて飲み屋街のとある居酒屋へ行きました。「少し暗いかなあ」と思われるような照明でしたが、人間の目は不思議なもので、その暗さに慣れてくるのです。私は酒が飲めませんが、他の二人はビールを飲み、私はウーロン茶を飲みながら、社会教育談義に花を咲かせました。私もかつて教育委員会で13年間も社会教育をやり、最後は教育長として2年間社会教育行政をやりました。そして退職後は請われるままに社会教育の現場に指導を頼まれて講演などで出かけています。ゆえに社会教育のことは分かっているつもりですが、想いの違いがあって話が少しかみ合わない感じがしました。しかし学校現場から社会教育現場にやってきている二人の先生は、社会教育の話を熱心にしていたようです。

若松進一ブログ

 酒が飲めない私と、酒を飲む二人を相手の話は9時まで続きました。6時半からはじめたので都合2時間半は話に熱中したようです。先生は私が方向音痴と思ってか、少々ほろ酔いながらホテルまで送ってくれました。先生は聞けば総社市に住んでいるとのこと、これから列車に乗って帰るとのことでした。

 まだ宵の口なので、東横インのロビーに置かれているパソコンのインターネットをいじくりながら、アメーバブログの私のサイトを呼び出し、こうしてとりとめもなくブログを書いているのです。いつも思うのですがなんて便利な世の中になったのでしょう。出張先でこうして自宅の書斎にいるのと同じようにブログが書けるのです。

 今日、主催者が予約をしてくれた東横インの受付嬢に声をかけられ、割引特典があるから東横インの会員に登録しないかと誘われました。受付嬢が感じがよかったので、1500円も出して会員になりました。でも今日は月曜日割引とかで今日のホテル代が安くなるため、支払い金額は少しオーバーした程度の出費ですみました。


 明日は岡山駅発8時36分の吉備線総社行きに乗って9時07分に東総社駅へ着く予定です。駅へ迎えに来ていただくそうです。会場は10分足らずの山手公民館なので、10時からの発表を聞いて、講演の内容を考えなければなりません。いつものことながら、明日もアドリブで楽しいお話をしたいと思っています。

 今日は旅先ながらズボンのポケットに忍ばせて持ち歩いている携帯電話のバイブレーターが着信を知らせるため何回も震度しました。旅先ゆえ、また列車内ゆえ、また居酒屋ゆえ短い会話で終わりましたが、旅先でインターネットや携帯電話が使えるようになった私は、1年前から比べると相当進化しているようです。


  「酒肴 それに人あり 旅先で 思いのたけを 色々語る」

  「いかがです ホテル受付 声かかり 訳も分らず カードを造る」

  「立ったまま ホテルロビーで ブログ書く 俺も進化の 跡がうかがえ」

  「若し酒が 呑めたらどんな 進展が 思ってみても 叶わぬ願い」


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○岡山に来ています

 明日は岡山で公民館の研修会があって、講演を頼まれいます。今日は移動日なので、少しのんびり旅をしようと思い、少し早めに特急しおかぜに乗っていよ上灘~松山~瀬戸大橋~岡山と小旅行を続け、夕方岡山に着きました。岡山といえば後楽園という公園が有名なので、久しぶりに岡山駅から後楽園へ歩いて行きました。少し遠い道のりですが、まあ体力づくりのためにも歩こうと思い、少し大股で胸を張って歩きました。

 岡山は晴れの国といわれるような、瀬戸内海気候の気候穏やかな土地です。加えて今日は天気もよくって空は晴れ渡り、とても気持ちのいい一日でした。


 デジカメで写真は何枚か撮りましたが、ホテルのロビーのパソコンを使ってブログ記事を立ったまま書いているので、写真のアップは自宅へ帰ってからになります。今晩の泊まりは東横イン岡山駅西口右という珍しい名前のホテルです。主催者が確保してくれたホテルなのですが、明日は早朝に列車に乗って総社市へ行かなければなりませんので、便利この上ないホテルでゆっくりと旅の疲れを癒したいと思っています。

 松山を出発するとき、主催者から電話が入り、有難いことに今晩は気のあった数人で夕食会をするそうです。酒の飲めない私ですが、またいいご縁が深まることを願っています。


 最近車を使った旅が多く、中四国や九州などは車で行きますが、少し年齢を重ねた私の運転が気になって仕方がないと妻が言うのです。その点列車の旅は眠りこけても目的地へ連れて行ってくれるから安心だそうです。新年早々事故でも起こしたら大変と、列車利用を強く勧めてくれました。

 忠告を守ったお陰で特急しおかぜの列車内で過ごす往復6時間近くの時間は読書と、夕日徒然草の草稿についやすることができました。地の書・水の書と発刊した夕日徒然草もいよいよ火の書です。3月までには原稿を仕上げようと思っていますが、30話を書くことができるかどうか、少し心もとない心境です。

 明日は自宅へ午後9時ごろには帰る予定です。御機嫌よう。

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○地震を感知したのか西洋ナマズ

 1995年1月17日午前5時14分、この15年前の日時を覚えている人も、6435人の尊い命が失われたことを記憶している人も、だんだん少なくなってきました。私自身でさえ、新聞やテレビの報道を見たり聞いたりしなければ、記憶の中から殆ど消えているのです。多くの犠牲者を出した阪神淡路大震災の起こったその時刻、当時私はオープン間もないふたみシーサイド公園のイベントホールに設置した活魚展示水槽の中で、一人黙々と早朝掃除をしていました。早朝ボランティア掃除は当時私の日課だったのです。


 円筒形の五本立ての水槽には海の魚に加え淡水魚も飼っていましたが、その中には西洋ナマズも何匹か飼っていて悠然と泳いでいました。まだ外は暗く中も最低限の明かりしかつけていませんでしたが、突然水を落としかけた淡水魚水槽のナマズが暴れだしたのです。そしてその中の50センチもあろう一番大きいナマズが、水槽の枠を超えてジャンプし外へ飛び出してしまったのです。驚いた私は急いで水槽の外に出てそのナマズを抱きかかえ、元の水槽へ戻しました。脳しとうを起こしていたのかそのナマズは口から血を出し、少しの間もがくように泳いでいましたが、やがて何事もなかったように悠然と泳ぎ始めました。


 地震とナマズの関係は古来から取りざたされていましたが、このナマズは西洋ナマズなので日本の地震を感知しての行動とは思えないのです。それでも私しか知らない本当に出会ったナマズの珍現象を、この日が来る度に思い出すのです。そのナマズも10年ほど長生きし、シーサイド公園を訪れる子どもたちのアイドルになっていましたが、寿命尽きて死んでしまいました。

 掃除を終え家へ帰ってシャワーを浴びてテレビの前に座って、長田区の大火災や高速道路が横倒しになっている小劇的な映像を見て初めて大震災が起こったことを知りました。


 刻々と届く悲惨な地震の惨状を見ながら、わがことのように憂い悲しんだ記憶も、戦争と同じように歴史の一こまとなって過去へ押しやられてゆくのでしょうが、やはり平和や安心安全への願いとして語り続けて行かなければならないと思うのです。

 私たち人間は、喉元過ぎればその苦しみを忘れ、他人事であればなおさら他人事として関係ないことと思う悪い癖があります。でも地球上では先日起こったハイチの大地震のような事故が起こっても、海の向こうの他国の出来事としてついつい思ってしまうのです。忘れまい1995年1月17日、忘れまい5時14分、そして忘れまい阪神淡路大震災です。


  「地震予知 能力あるか 分らぬが ナマズ飛び出す  あの日あの時」

  「天災は 忘れたころに  やって来る 忘れまいぞや 阪神淡路」

  「十五年 苦しみ抜いた 人もいる 地震大国 これから先も」

  「あのナマズ ひげを伸ばして ひょうきんな 姿今でも 記憶に残る」 

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○日食で欠けた夕日

 3日前16日付の愛媛新聞に、部分日食の記事と写真が掲載されました。「夕日のことだったら双海町の若松に聞け」と言われるくらい、夕日については色々と知っているつもりの私でしたが、この新聞記事を見て、うかつにもその夕日の写真を撮影することができず、悔しい思いをしてしまいました。

 もともと、部分日食の情報は、知人の長野県に住む小松隆史さんから私のブログにコメントが入り、「部分日食はいかがでしたか」と近況に添えて問合せがあったのです。この記事を見たのは夕日が沈んでからのことだったのですが、いずれにしてもこの日双海の海岸は水平線近くに雲が垂れこめ、夕日を見ることはできませんでした。

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 鹿児島辺りではこの日、三日月形の夕日が水平線にまるで立っているように見えた映像が、テレビで公開されていて私も映像を見ました。自分自身は残念でしたが、それでもこうして新聞記事にせよ見れたことは幸せだと思っています。

 さてこの頃になると、外気温が下がり風が強くて水平線近くの雲が吹き飛ばされるため、蜃気楼が発生しダルマの夕日が見える時期となりました。この季節は寒いため余程の頑張りがないとダルマの夕日を見る機会を逸するのです。私もこれまでに何度かダルマの夕日を見ましたが、その日に限ってカメラを持参していなかったりして、未だに私のアルバムに、双海町のダルマの夕日の写真が収録されていないのです。日本一の夕日を自認する私としてはお粗末な話ですが、私の町で夕日の写真を撮り続けているKさんにお願いしてとっておきのダルマの夕日の写真をいただこうかとも思っています。

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 上の写真は夕日夕焼けフォトコンテストで最優秀賞をとったくつなさんの写真ですが、この写真の版権を町がいただいて、名刺やポスターに良く使わせてもらいました。ご存知恋人岬の穴のあいたモニュメントに夕日がすっぽり入るこの写真は当時も今も双海の象徴として大切にして使っているのです。

 夕日は太陽が沈むほんの数分しか見ることのできない自然現象だけに、余程気にして見ないと見えないし、ましてやそれを写真に撮ろうと思えば余程の技術がないといい作品には仕上がりません。寒さを来られて写真をものにしようと頑張っているカメラマンの姿を見るにつけ、人はそれなりに努力しないといいものには巡り合えないのだとも思ったりします。私も再び夕日に狂ってみようかと思いました。


  「新聞で 日食夕日 鑑賞す 俺の町では 見れず残念」

  「何枚も 夕日の写真 持ってるが 日食夕日 これが初めて」

  「今年こそ ダルマの夕日 撮りたいと 思っているが 撮れるかどうか?」

  「故障した ままのカメラじゃ 撮れぬかも カメラのせいに したくはないが」    

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