人間牧場

〇平凡道を非凡に歩め

 青年団に入って活動していた私が若い頃、ある博学な人から「平凡道を非凡に歩め」という言葉を聞きました。当時は平凡や非凡がどういうことも分らぬ凡人だった(実はその後も進展がなく今でも凡人)ため、さして気にも留めず平凡道を歩いて来ました。その博学な人は既にもう亡くなってこの世にはいませんが、あの時「平凡道を非凡に歩め」という言葉を上の句とするなら、まるで下の句のような「そのためには小さなことをコツコツ続けること」という、注釈的言葉を言っていたことが頭の隅ににこびりついていました。

 私のような平凡な人間は、」大きなことを夢見てもできません。でも小さなことだったらできる気がするのです。私は誰でもできるシーサイド公園の海岸の掃除を朝5時から8時まで3時間やりました。これは平凡な行いです。でもそれを休まず1年間、そして12年間やり続けました。こんな田舎町に10億円も投資して、道の駅を造ったところで人など来るものか、赤字になったら誰が責任を取るのかと、当時は非難ごうごうでした。歯向かえば歯向かうほど向かい風は強くなる一方での毎日の掃除は、売名だとも揶揄されましたが、私のひた向きな掃除を続ける姿が、いつしか向かい風を追い風にして雪解けとなり、多くの共感・共鳴を得たのです。

 人は得てして大きな夢を見るものです。一攫千金の大きな夢を叶えた人も中にはいますし、生まれつき非凡な人はそんな努力をしなくても、王道を歩める人もいます。私たちはスポットライトを浴びなくても、分相応のささやかな営みを毎日の暮らしの中で繰り返して行くなら、人から見れば平凡でも、自分にとっては満足の行く非凡な道となるのです。
 物心が付いて社会人となった18歳の時から半世紀50年が経ちました。私の人生は青年の時博学な人から聞いた、「小さなことをコツコツ続ける」という言葉を信じて実践したお陰で、少しだけ非凡に歩めたようだと、述懐するのです。

  「青年の 頃博学な 人に聞く 小さなことを コツコツ続けと」

  「平凡な 私ながらも 少しだが 非凡に歩め 少し満足」

  「王道を 歩めるすべは ないけれど これから先も 教え守りて」

  「平凡が 一番いいと 近頃は 背伸びをせずに わが道コツコツ」

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