人間牧場

○旧北条市を訪ねる

 重信町と川内町が合併して東温市になり、久万町と美川村、面河村、柳谷村が合併して久万高原町、伊予市と中山町、双海町が合併して伊予市、砥部町と広田村が合併して砥部町、松前町が合併せず松前町、そして松山市が北条市と中島町が合併して松山市と、中予といわれる地域の15市町村が7年前、6市町に再編されました。私たちの伊予市のように、双海町や中山町といった旧名を残して合併した所は、「昔の名前で出ています」とばかりに今でもよく分かるのですが、久万高原町や松山市のように旧市町村名をなくした所は、一瞬「えっどこだったっけ」と思い出したり訪ねりするのに一苦労なのです。

 昨日は久しぶりに松山市と合併した旧北条市へ講演を頼まれて出かけました。講師依頼の文書もいただいていなかったので、前々日に確認の電話があった時、「9時半ごろ市役所の近くのJA北条へ来てください」といった担当女性の説明を頼りに出かけました。かつて北条市役所もJA北条へも出かけたことがあるので鷹を食って安易な気持ちで出かけました。
 北条は国道196号線沿いにあって、高速道路を利用することはできないので少し早めに出かけました。北条といえばかつては朝のラッシュに混雑した忌まわしい過去の思い出が蘇ってきましたが、今は片道2車線の立派なバイパスが着いていて、少しどころかとてつもなく早く到着したので、北条のシンボル的存在である鹿島を遠目から一目見ようと船着場へ向かいました。

旧北条市のシンボル鹿島

 春真っ盛りの瀬戸内の海は穏やかに鏡の如く凪いで、沖合いは少し靄がかかっていました。車を路側帯に止めてそこら辺を散歩していると、何人かの女性が散歩している集団に出会いました。私がデジカメで写真を撮っていると、気さくに声をかけてくれました。ええ歳の私のことを「お兄さん何処から来たの?」と言われたものですからつい嬉しくなって、「はい私は双海町から来ました」とついうっかり伊予市と言うのを忘れてしまいました。「双海町といえば夕日の綺麗な町でしょう。シーサイド公園があったり、菜の花が咲いたりするいい町よね」と連れの女性と私に話しかけるのです。わたしは更に嬉しくなって、ここぞとばかりに饒舌に双海町のことや夕日のことを話しました。「お兄さん詳しいのね」と誉めてくれました。「あそこに役場の職員でまちづくりで、時々新聞やテレビに出る名前は忘れましたが有名な人がいるよね」と、名前は思い出してもらいませんでしたが、私のことまで知っているのには大驚きでした。

北条と安居島を結ぶ連絡船

 聞けば鹿島は鹿の食害や度重なる風雨災害、それに松食い虫の被害にあって荒れるに荒れて、かつての面影はないそうで、シンボルだった島の現状を嘆いていました。高縄山と鹿島はまさに北条のシンボルなので、何とか保存伝承して欲しいものだと話ました。北条港の少し奥まった所に少し小型の定期船が止まっていました。沖合いに浮かぶ安居島と北条を結ぶ航路を走る船なのです。漁師をしていた頃何度か安居島は訪ねているし、離島青年協議会の招きで研修会に出かけた折も、この船に乗った記憶が蘇りました。
 9時前になったので急いでJA北条へ記憶通りの道を車を走らせ、無事会場に着きました。担当の中川さんが駐車場まで出迎えてくれ、2階控え室へ入りました。そのうち150人もの参加者で会場は埋まりました。タイトルは「地域を元気に」でした。時間が押したため正味の講演時間は80分ほどに短縮されましたが、あうんの反応で大いに盛り上がり、終始笑いの絶えない楽しい講演会となりました。会終了後国道沿いの福田屋という料理屋さんで、役員さんたちと昼食会が持たれ、沢山のご馳走をいただきました。

  「旧北条 久方訪ね 散歩する 地元の人と 楽しお喋り」

  「お兄さん! いきなり私 若返る 嬉しくなりて 饒舌語る」

  「シンボルの 鹿島危ない 思いつつ 写真に収め 少し散策」

  「八十分 笑い絶やさず 講演す 握手までして 嬉しい別れ」

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