人間牧場

○懐かしきかな宇和島

宇和盆地に姿を現した巨大な藁マンモス象

 昨日は愛媛県消費者講座の一環として、えひめ消費生活センター友の会宇和島支部の総会が、愛媛県南予地方局7階大会議室であり、記念講演を頼まれて宇和島まで出かけて行きました。今年の3月に西予市から宇和島まで高速道路が開通し、今週末から南予いやし博が開かれるとあって、久しぶりの宇和島を楽しみにしていました。私の町からだと伊予市に出て伊予インターから高速道路に乗れば、1時間余りで宇和島に着くのでしょうが、そんなに急ぐこともないので少し早く出て、国道378号線を八幡浜まで南下、旧宇和ボウリング場へ出ました。八幡浜双岩から宇和までの岩城付近では、先日テレビで紹介されていた藁ぐろ活用による、藁の巨大マンモス象のモニュメントを、後続の車がいないことをいいことに、道端に車を止めて車内から見学させてもらいましたが、聞きしに勝る秀作に感心しました。

鬼ヶ城に向かって伸びた高速道路

 西予市から、開通後初めて高速道路に乗りました。前日友人から聞いていたのですが、西予インターから旧津島町までは宇和島道路と言って、通行料金が高規格道路並みで無料なのです。国道56号線は法華津峠を越えて旧吉田町を通りますが、宇和島道路は山側の旧三間町を通って、宇和島へは20分ばかりで到着しました。駅の裏手にある南予地方局は何度も足を運んでいる場所なので駐車所へ車を止めて、総務県民課のある4階まで行きました。担当の二宮さんや今春から総務県民課に係長として異動した長岡さんとも出会い、早速おこがましくも局長室へ通され面談しました。局長さんはその後私の講演まで聞いてもらい恐縮してしまいました。また講演会場には沢山の知り人が来られていて、穴があったら入りたいような心境でしたが、まあ何とか90分の講演を終わることができてホッとしました。

 南予地方局7階の窓からは西に宇和島城、別名鶴島城が綺麗に見えました。思い返せば半世紀50年も前、私はこの城の下の枡形町で3年間、高校生として暮らしているのです。目と鼻の先にある愛媛県立宇和島水産高校漁業科に入学遊学した思い出の地であり、朝な夕な仰いでいた城山を見ながら思い出に耽りました。
 控え室からトイレに行くため大会議室東側の通路を通りましたが、真下には宇和島駅の機関区があって、そこの引込み線にトロッコ列車が一台止まっていました。ふとこれも懐かしい思い出が蘇りました。私が夕日を売り出すのに夢中だったころ、私はJR四国の社長さんにハガキを出しました。「JR予讃線海岸周りにトロッコ列車と蒸気機関車を走らせて欲しい」と書いたのです。社長さんはこの二つの私の願いを聞き入れて、後日二つとも夢を叶えてくれたのです。窓越しに見えるトロッコ列車は紛れもなく、その時のものだと思いついつい嬉しくなりました。

宇和島城の遠景

 講演が終わり長岡さんの見送りを受けましたが、帰りに宇和島市役所商工観光課へ旧友谷本さんを訪ねました。谷本さんがえひめ地域政策研究センターで研究員をしていた頃、私もえひめ地域づくり研究会議の代表運営委員をやっていて、地域づくり全国大会の事務局を担当した谷本さんと、地域づくり全国大会の実行委員長を務めた私とコンビを組んで、宇和島を舞台に多いに羽ばたいたのです。
 初めて宇和島の地に足を踏み入れてから50年の時は巡りましたが、九島の公民館主事だった松本さんが商工観光課の課長さんになったり、全日空から出向していた小林さんが去り、代わって冨田さんが着任していたり、思い出に浸る悲喜こもごもの去り難き一日となりました。

 

懐かしいトロッコ列車

 「窓の外 遠く近くに 思い出が ここは私の 始発駅かも」

 「そこここに 知り人ありて 懐かしく 在りし日話す 歳をとったと」

 「窓越しに 見えるトロッコ 走らせて くれた社長の 顔浮かべつつ」

 「局長の 部屋に通され 恐縮す 無位無官ゆえ 値打ちも無きに」

 

 

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