shin-1さんの日記

○束縛されない自由な時間

 結婚して家庭を持った若いころは、次々に生まれてくる子どもや仕事が中心の暮しになり、また新しく始めたボランティア活動などで、自由時間はあっても家族、仕事、活動などに束縛されて、自分の自由な時間などあってないような感じがしていました。ところがこの歳になるとリタイアして仕事も少なくなり、家庭も子どももたちがそれぞれ独立したり妻もそれほど口うるさく束縛しなくなり、加えてボランティア活動もある意味助っ人の人たちが下支えしてくれるため、束縛されない自由時間が少しずつ増えつつあるような気がするのです。


 この実感は私たちと同年代の人たちも同感のようで、「暇だ」とか、「時間を持て余している」などという言葉を時々聞くのです。その言葉通り仲間たちは持て余し気味の自由時間を、パチンコやゴルフ、温泉通いなどに使って、無意味とも思えるような日々を過ごしているようです。

 そんな人から見れば逆に、私の自由時間の過ごし方も「無意味」に映るのかも知れませんが、私は束縛されない自由時間を学習やボランティア活動、それに執筆や講演活動などに費やしているのです。

 私の学習活動はリタイアしてからかなり増えました。何よりも読書の時間が増えたこと、人の話(講演など)を聞くことが増えたこと、パソコンで調べ物をすることが増え、学習能力は格段に増えましたが、いかんせん加齢からくる学び能力が衰えているため、効率は極めて悪いようです。

 ボランティア活動も人間牧場を持ったため、その量はかなり増えましたが、こればかりは少し増え過ぎ逆に束縛されつつあるようなので、考え直さなければなるまいと思っています。さらに自由時間を束縛し続けている講演活動も同様なのです。

 唯一私の最も束縛されない自由な時間だと感じているのは、書斎で過ごすブログ書きや原稿書きで費やす時間です。どんな日も一日の始まりはブログを書き、一日の終わりはブログを書くという日課がもう5年間も続いているのです。この時間、束縛の相手である妻も朝はまだ布団の中、夜はもう布団の中なので、束縛しようがないのです。これまでブログ書きが日課や習慣となって、今では50冊もの膨大な「shin-1さんの日記」が出来上がっているのです。プリンター用のインクが高いと実感するほどプリンターを酷使していますが、日課や習慣とは恐ろしいもので、ブログを書かない日々は何となく気になって仕方がないのです。

 これからも増えるであろう束縛されない自由な時間を楽しみたいと思っています。

  「気がつけば 束縛されない 時間あり もっと活用 もっと有意義」

  「人の言う ことなど気にも せず生きる 自由時間が 増えた喜び」

  「ブログ書く 他愛もないと 妻は言う 無視して今日も パソコン向かう」

  「ボケ防止 これが一番 思いつつ ささやかながら 今日もボケずに」

 

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2 Comments

  1. Posted 2010年1月31日 at 8:49 PM | Permalink
    SECRET: 0 PASS: kazuさん  忙しい人ほど時間の工面はつけるものです。と偉そうなことをいっていますが、まあ時間の使い方は人それぞれです。  あなたが言うとおり頭数は十分社会の役に立っていますよ。   人間牧場主 若松進一    
  2. Posted 2010年1月31日 at 10:51 AM | Permalink
    SECRET: 0 PASS: 若松さんに、自由な時間があるのですか? ブログに始まり 一日を私の3倍くらい動きまわっているのに・・・ 私など ボ~ッとしている隙に 「協議会があるから出てください」とか言われ 用事もないし・・・と出かけています。 頭数として役に立ってるでしょうか?(笑)