shin-1さんの日記

○今年も年賀状が届きました

 正月元旦は田舎ゆえ、色々な正月行事があって一日があっという間に過ぎ去りました。年末に叔父の不幸があったため、初詣には行きませんでしたが、それでもわが家が本家のため親類縁者が次々に新年のあいさつに来て、その度に賑やかに談笑しました。長男息子家族が帰省しているためわが家は大賑わいです。看護師の次男と警察官の三男も帰り、長女家族が娘婿の実家である大阪へ里帰りした以外は、久しぶりに全員が揃い、いつもは空き部屋が目立つ二階の部屋部屋にも灯りやストーブが灯り、大家族の暖かさを実感しました。

 家族が集まると私のような何もしない人間は楽しいのですが、妻は正月休みどころではありません。元旦の朝の雑煮は風習に従って私が作るものの、その後片付けや昼・夕食は妻の役割で、加えてこれだけの人間の寝具やストーブを数日前から用意しなければならないのです。それでも親は子どもや孫の帰省を喜びながら準備や世話をするのです。

 昨日は朝10時ころわが家に二束の年賀状の束が届きました。リタイアしているわが身なのですが今年も昨年に負けず劣らず相変わらず多く、孫がいるので書斎に持ち込んでざっと届いた近況を読みました。年賀状も最近はパソコンで宛名を書いているものが多くなりました。それでも少しだけ近況をしたためているものもあり、読み応えがありました。中には自分の名前を書くのを忘れていたり、年賀状のプリントが逆だったり、また同じ人から2枚もいただいたり、明らかにプリンターの盲点とも思える失敗作があって、思わず笑ってしまうものもありました。

 年賀状の中には相手に届かずしぶしぶ帰って来た迷い年賀状もあって、相手の近況の変化を気遣ったり、こちらの確認ミスを恥じたりしました。出していないのに届いた年賀状は今日あたりゆっくり見返して処理をしなければならないようです。

若松進一ブログ
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 年賀状の中には随分少なくなりましたが、親父に来た年賀状、息子たちに来た年賀状もありました。息子たちが私の年賀状の中からそれぞれの年賀状を選び出し、それぞれごとにゴムバンドで止める作業をしてくれました。今年92歳を迎える親父にも親類縁者を中心に30枚ほどの年賀状が来ていました。隠居へ持って行ってやりましたが、親父の名前が進、私の名前が進一と紛らわしいため、親父の名前でも私宛のものもあったため、親父は30枚の中から3枚もその年賀状を選んで、「自分に来たものではない?」と持ってきてくれました。

 最近は殆どなりましたが、町内には「わかまつしんいち」と読める若松新一(わかまつしんかず)という従兄弟がいて、私のが相手に、相手のが私に間違って配達されることがあるのです。年末にも宅配便で間違って相手に届いたとわざわざ持ってきてくれました。私に届くはずのものが従兄弟に届くものが圧倒的に多いため、相手に迷惑をかけることもしばしばで、困惑しながらも自分と同じ読み方もできる紛らわしい名前をつけた叔母を多少恨んでいるところです。


  「年賀状 一枚一枚 捲りつつ 相手の顔や 思い出巡る」

  「こんなにも 私を思う 人がいる 思い返せば 嬉しくなりて」

  「年賀状 一目瞭然 写真入り ほのぼの家族 遠い昔を」

  「書いたのに 宛先届かぬ 迷い文 相手気遣う 正月元旦」

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