shin-1さんの日記

○酒もタバコも止めにくい

 昔から酒やタバコは止めにくいとよく聞きます。事実私もタバコこそ呑まないから経験はないものの、お酒を止めるのには随分勇気と努力が要りました。私が酒を止めたのはもう10年近くも前の2001年でした。長年の疲労が蓄積して健康診断で胆のうにポリープが見つかり、摘出手術を行うことになったのです。手術の前の日私は友人と隣町の長浜町にある弁慶という炉端焼き居酒屋へ行って酒をたらふく飲みました。手術室へ入るとき看護婦さんから「若松さん少しお酒臭いようです」と言われたほどですから、たぶん二日酔いか酒気帯びくらいで手術を受けたようです。でも麻酔もちゃんと効いて、手術は多少長くなったものの内視鏡で胆のう全摘出手術を終えたのです。麻酔から覚めたその時も、いずれ元気になったらまた酒が飲めるだろうと鷹を食っていました。

 ところが手術を受けた頃、少し太り気味の68キロあった体重が減り始め、半年後には55キロまで13キロも減ってしまったのです。元々肉は好きでなかったし油濃いものも食べない食生活でしたが、手術後は肉も天ぷら類も余り食べれなくなったので、それが原因かも?と思ったほどでした。時ならぬ痩せ方に家族はもちろん自分も多少心配しましたが、驚いたのは町内の人です。人のうわさは怖いもので、いつしか「どうやら若松さんは胃ガンらしい」といううわさが立ち始めました。


 ある時、シーサイド公園の海岸清掃をしていたら地元のおばさんが散歩で通りかかり、「若松さん人から聞いた話だが、あんたガンじゃとなあ。どこのガンぞな?」と本人に直に聞くのです。私はだれが言いよるの?」と聞くと、「みんなが言いよる」というのです。しゃくにさわった私は「はいキンガン(近眼)です。胃ガン(ゆがん)で死んでもまっすぐになって死にます」ととぼけて返し大笑いをしたのです。しかし私の尋常でない急激な痩せ方は主治医の先生も少し心配をされたし、家族も相当心配してくれました。しかし当の本人はいたって元気で毎朝5時からのシーサイド公園の清掃活動は退院後一週間あとから再開していたのです。

 1か月に1度の定期検査の際主治医の先生が「体長はいかがですか?」と聞いたので、「先生もう堪能(胆のう)しました」とこれまた先生と大笑いをしました。先生に恐る恐るお酒の再開を打診しましたが、ビールなら小瓶一本程度はいいとい言われました。私は「先生小瓶一本ぐらいなら呑まない方がましなのでこれから酒を止めることにします」と見栄をはりました。先生は「若松さん私もそうですが、酒は中々止めれませんよ」と、私の決意を半信半疑な気持で聞いていたようです。

 私はあれ以来酒をきっぱり断ち、10年近くになりますが一滴も酒を飲んでいないのです。死んでもアルコール漬けと思うほど呑んでいた酒はもう体内から完全に消えたものと思われますが、私が酒を止めたのは小瓶一本だと徐々に酒の量が増えると思ったからです。特に役場では地域振興課長や教育長を歴任して呑む機会が多かったので、呑むのであれば100、呑まないのであれば0にしたいと、結局0の道を選んだのです。私の強い決断を喜び褒めてくれたのは妻と主治医の先生でした。私は今でも2カ月に1回定期健康診断に主治医の先生のところへ出かけていますが、それ以来親密なお付き合いを続けているのです。

 私の友人の中には、胃を全部取ったというのに相変わらず酒が止めれない人がたくさんいます。昨日公友会に参加した鬼北町の西村さんも胃を取っていますが相変わらずお酒を呑んでいました。「酒やタバコが止めれないのは可笑しい。私はもう7回も止めた」などとまるで落語のネタ話のようなことを言いつつ、周りの仲間も酒を飲んでは呑みニュケーションンを深めているのです。「酒を飲まないで町づくりが語れるか」とは昔の私の言葉、「酒を呑まないと語れないような町づくりは本物ではない」も今の私の言葉です。都合がいいと妻は私の君子豹変にあきれ返っているのです。


  「七回も 酒を止めたと 豪語する 友は未だに 酒を止めれず」

  「胃を除けて 酒を止めない 友偉い 俺は命が もう少し欲しい」

  「酒タバコ 止めたい気持ち あるものの 一歩踏み出す こともできずに」

  「酒を止め 自分を褒める 一の馬鹿 それは俺だと 胸を張りつつ」 

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