shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年10月8日

○年金受給者の集いに招かれて

 65歳を過ぎると働いて収入を得ている人を除けば、多くの人が年金暮らしになります。今は段階的な措置で私のような昭和19年生まれの人間は62歳から年金が支給されましたが、これからの人は確実に65歳にならないと年金が満額貰えないのです。そのため60歳で一度退職してもそれぞれ新しい職を求めて再就職せざるを得ないのです。中には再雇用という形で古巣の職場に雇われたり、公務員などは社会の批判をよそに天下りしたりして経済をつないでいるのですが、中には給料が下がり、これまで部下だった人に馬鹿にされたりする軋轢に耐えかねてやめたりするケースもあるようです。

 幸い私は58歳で現職を退職し、60歳までの2年間は特別職の教育長という職をいただきましたが、合併を機に60歳で現職を退職し、念願の自由人になったのです。あれからもう3年半があっという間に過ぎ去りました。幸せなことに62歳から年金が満額支給されるようになって、妻の手助けパートの手助けを受け、そこそこ働けば何とか首をつることもなく暮らしているのです。

 それにしても世の中は有難いことで、65歳以上の人の約8割が年金で生活しているのです。自分がこれまでに支払っているのですから当然といえば当然ですが、この人たちに2カ月に一回のペースで死ぬまで年金を支給しなければならない日本政府の苦悩もまた理解できるのです。

 昨日はそんな年金受給者の研修会が八幡浜市民会館であり、講演を頼まれて出かけて行きました。年金受給者協会八幡浜支部の招きによるもので、会場となった300人収容の中ホールは満席で、椅子が足らなく入口までびっしりの盛況です。私はこれまでにも何年か前同じ集会に招かれ話をしていますが、幸せなことに年齢的に前に聞いた私の話を覚えているどころかすっかり忘れているようでした。それでも同じ話もできませんから終始ゆっくりとしたペースで、しかも大きな声で話すよう心がけて1時間話をさせてもらいました。

 この日のテーマは「新しい発想で生きる」でしたが、日頃はんしているような面白いネタを中心に笑いを誘う肩のこらないような話をして会場を爆笑の渦に巻き込みました。今年は11月に宇和島と西条の年金受給者協会支部へそれぞれ出かけなければならないので、いわば昨日は前哨戦でした。

 私の話が終わればちょうど12時で昼食でした。少し雨模様の天気で秋になったとはいえ会場は汗ばむほどで、私は壇上で汗を沢山かきましたが、皆さんは支給された弁当を食べお土産を貰い、午後のアトラクションでは舞踊や大正琴などの演奏を聴くのだそうです。長閑なり長閑なりでした。

 早々にお暇した私は少しより道になるものの国立大洲青少年交流の家に立ち寄りました。施設に通じる急な山道沿いはもう秋の気配が漂い始め、メタセコイアの葉も少し黄色味を帯びてきているようでした。平日のため研修生の姿は殆ど見られず事務所も所長さんや次長さんは不在で散閑としていました。先日の研修会の食費を支払い、児玉係長や佐藤ふみさんと談笑しお暇しました。

 少しは早い時間でしたが急な思いつきでオズの湯に立ち寄り、八幡浜でかいた汗を流し少しリラックスしました。山口県、福井県と出張が続き、日曜日には大学生の相手をし、その夜は史談会があるので束の間の休息です。風呂では顔見知りも何人かいて楽しいお喋りをしながらの入浴となりました。

 白滝を横目に見ながら肱川沿いに長浜へ下り、海沿いの国道378号を走り無事わが家へ着いた頃、孫を連れた息子が帰ってきました。今日は松山の地方祭で職場は休みだそうで、私のパソコンの使い方を点検してくれましたが、写真の添付送付ができず何件か保留にしていたものもどうにか送ることができてほっとしているところです。

  「集まりし この人たちに 年金を すべて支給か? 金が要るなあ」

  「乗りの良い 参加者笑い 助けられ あっという間に 講演終わる」

  「弁当と 手土産貰い 講演と アトラクションで 受給者楽し」

  「温泉で 疲れを癒し われ帰る 急がし日々も 限度があるな」

 

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