shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年7月22日

○隣町は今

 合併するまで近隣の市町村の位置はきっちり頭に入っていて、また隣町のニュースなどは競争という意識が強いのか、絶えず気を配っていました。特に同じ郡の同じような規模だった中山町や、同じ海を持つ長浜町、それに最も近い伊予市などは負けてなるものかと思いながら暮らしてきました。

 ところが合併してからの最近は市町の位置すらおぼろげで、また役所を退職してまちづくりの任から降りたため、何処かよそ事のような気がするのです。それでも昔の癖は治ることなく、時々頭を持ち上げるのですから染み付いているのでしょう。

 数日前八幡浜市保内町幼稚園へ講演を頼まれて出かけました。その帰りに長浜を通りかかりました。晴海工業団地に近づくと頭の上に立体的な道路が出来ているのに気付きました。工事をしていたころからこの道路は一体何処へ通じるのだろうと思っていました。ふと好奇心が頭を持ち上げ大きく左折してその道を走ってみました。案の定この橋脚の上を走る道は旧長浜町自慢の肱川嵐が展望できる公園へと通じていました。

 山道ゆえ曲がりくねった道を進んで行くと、見覚えのある嵐公園へ到着しました。この日は視界もよく展望台に上がると四方八方が一望できました。特に肱川河口に架かった新旧2本の橋が印象的に見えました。

 特に赤橋といわれる鉄橋は片勝鬨橋で日本でも珍しい近代化遺産の橋として注目されています。毎年10月下旬になるとこの橋を包み込むように靄が肱川嵐となって海上へ吹き出すのです。旧長浜町ではこれを地域資源ととらえ初嵐の日をクイズ形式で当てるコンテストなどをやっていますが、残念ながらその効果は上がっていないようです。というのもかなりの費用をかけて嵐を見るための公園を造ったものの、嵐は早朝に吹き出るため、また寒いため観光客には敬遠されて中々人が集まらないのが実態のようです。

 この日は公園に着くと見覚えのある人に会いました。役場に勤める豊茂の中田さんです。彼は今国土調査の仕事をしているらしく、私の時ならぬ来訪に驚いた様子でした。

 瀬戸内海に突き出たように見える展望台からは、坂本龍馬が脱藩の折ここを船出して渡ったであろう伊予灘の海が拓け、坂本龍馬が目指した山口県が雲にかすんで見えました。

(長浜町の埋め立て造成地はまだ空き地も見られましたが、遠望では大きな油タンクも見え、工業団地としてそれなりの成果を収めているようです)

(肱川の右岸には団地も沢山見えました)
 合併によってまちづくりの世界も大きく変容しています。これまで隣町を意識し、隣町に蔵が建ったら腹が立つといわれるほど競争した昭和の時代から平成の時代は終りを告げました。確かに競争はよくないことかもしれませんが、ある意味で競争は地域に元気をもたらしました。競争の消えた合併後は隣町がどんなことをしているのかさえも関心のない時代となっているようです。

 役場を去った私でさえもこうして東国原宮崎県知事のように「どげんかせんといかん」と思っているのですから、役所に務めている人はことさらに「何とかせんといけない」と危機感を持って生きて欲しいと思いました。

  「隣町 いつの間にやら 何処だっけ 何が起ころと 関係ないか」

  「ふるさとを 思う心を 持たずんば 国は滅びる 歴史が語る」

  「朝もやで 地域おこしを 考えた 見事外れて 寂し公園」

  「いや見事 長浜の町 橋風景 好きなアングル 皆に見せたい」

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