shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年7月7日

○親父を連れて病院へ

 今朝親父の隠居へ行くと、「昨日から歯の調子が悪く牛乳以外殆ど物を食べてない。すまんが病院へ連れて行ってくれ」と懇願するのです。たまたま今日は午前中日程が空いていたこともあって、それは大変と連れて行く事にしました。親父は若い頃鼻ガンになって、県立中央病院で手術をしています。医者の話ではかなり難しい病気で、手術は成功したが再発の危険性があると告げられていました。私はそのことが原因で大学への進学を諦めふるさとに帰ったのですから、親父の病気は私の宿命として受け入れていました。

 私も親父も家族もガン再発の不安に駆られながら、特に母親は心労が多かったようですが、その母が亡くなり皮肉にもガンになった父が残ろうとは、誰も想像していませんでした。故に母が亡くなったときの父の落胆は相当でしたが、親父は89歳の今日まで今も元気で過ごしているのです。そんなこともあって、歯が痛いと親父本人も、私も「もしや?」と思うのは当然かも知れません。

 松山の県立中央病院までは小一時間かかります。今日は月曜日なので患者さんも予想以上に多く、長い間病院にも行っていない親父は初診扱いで、かなり時間がかかるものと諦めて出かけました。案の定受付を済ませたのは8時半なのに、診察予約は10時10分だと告げられました。何をするでもなく親子が歯科診療の窓口付近の待合椅子で待ちました。前を通り過ぎる患者さん、掃除をする業者さん、背広を着て部屋の中へ入る薬屋さんなどその気になって見れば中々面白い人間模様ですが、歯の具合の悪い親父は診察までの時間が不安な様子で、トイレに立ったり時間を聞いたりしていました。

 やがて10時になったころ受付から「若松進様、大変お待たせいたしました。中へお入り下さい」と呼び出され、私はまるで親が子どもを病院へ連れて行くように、一緒に診察室へ入りました。先生から「どうされましたか」と尋ねられるたびに私が代役として「実は歯の具合が悪くこのところ食べ物を噛めない状態で困っています」と代弁すると、「はい分りました。処置椅子にお座り下さい」と告げ、入れ歯を外し中の具合を診察しました。少し傷があるらしく、慣れた手つきで入れ歯の不具合を修正し始めました。キーンと鳴る歯医者独特の音に苛立ちを感じながら、処置椅子の隣で私はじっと処置の様子を見なければならないのですが、うつろな表情で窓を眺めていました。やがて処置が終り傷薬をいただき、次回は7月15日8時30分に来るよう予約を取って処置室を出ました。10時30分になっていました。お金は要らないのですが会計で次回の予約日の確認をするため少し待って病院を出ました。私も親父も再発でなくホッとしながら車に乗り込んでわが家へ11時20分頃帰ったのです。

 病院とは何と時間がかかるものなのか、高齢な親父は歯の痛みより長い道中に疲れたようでぐったりしていました。薬の塗り方、今度病院へ行く日を大きな声で知らせ、昼飯です。

 夕方親父の部屋に出かけて歯の具合はその後どうか聞きましたが、今朝までの地獄のような苦しみから解放されて天国だと喜んでいました。歯の痛みが取れたこともさることながら、息子に病院へ連れて行ってもらったことがうれしかったようで、いささかなりの親孝行ができたようです。

 親父の姿を見ながら、30年後の自分を想像してしまいました。親父のように長生きできる保証は何処にもありませんが、30年後には必ず私も親父のような姿になるのです。そして息子に世話をかけることでしょうが、極力元気で生きたいと思いました。

  「次々と 後の患者が 中に入る 予約人だが 待つ身はつらい」

  「来週の 予約を取って 病院を 出でて思わず 吐息が混じる」

  「どうしたの 見知りの人に 会う度に 親父が実は 何度も話す」

  「病院に 来て見て思う 不健康 メタボの医者が 意外と多い」