shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年11月5日

○裏山に咲く野菊

 11月に入り晩秋の色が日増しに濃くなってきました。先日旅で訪ねた長野県木曽町のように錦織り成す紅葉は願うべきもありませんが、周囲の山々のハゼ紅葉が少し色づき始め、里の秋を少し実感しています。

 昨日は久しぶりに菜園に出てカブと大根を収穫しました。カブはカブ菜ごと漬物に漬けると柔らかい浅漬けの漬物が出来て熱々の新米によく合って食欲をそそり食欲の秋を満喫しています。また大根も葉っぱはおひたしやなめしご飯でいただけるし、大根ももうおろし大根に使えるような大きさに成長しました。昨日は大きくなった真っ白なカブを5個ほど娘の家に持って行ってやりました。産休の娘は料理が好きでわが家へ来ると必ず菜園のものをごっそり持ち帰り、生協の宅配と合わせて使っているようです。先日もカブを煮込んだスープをご馳走になりましたが、中々の腕のようで電子レンジでチンする世の中に生きてるのに、手料理を家族に食べさせる姿に少し安心しました。

 今朝裏山の斜面で野菊の真っ白い花を見つけました。わが家の周囲は自然が一杯で、夏の草刈りは骨が折れるものの、その分自然を満喫できるのです。草刈り作業で手の届かなかった場所に咲いている野菊の白い花を見て、よくぞ草刈機が届かなかったと愛しい気持ちになりました。ふと若い頃に読んだ「野菊の如き君なりき」を思い出したりして、柄にもなく少し感傷的になりました。

?しかし、野菊の周辺の草むらを見ると、名さえ分らぬ色々な野の花がいっぱい咲いて秋を演出しているのです。これらの花はこれまでにも咲いているはずなのに見る暇もなく、見る心や目もなくて見過ごしていたのでしょう。一生懸命咲かそうと努力した花は咲かないのに、何故か草刈機で刈った後の花は綺麗に咲いているのです。人間のエゴとでも言うべきなのでしょうが世の中は不思議です。

 少しだけ季節を感じたり楽しんだりしようと思うだけで凡人の私でも、こうも回りのものが見えてくるのかと不思議な気持ちになりました。そういえば私の暮しは不自然だったのかも知れません。自然が暗いのに明るくし、寒いのに温かくし、旬でもない冬に夏しか出来ないものを食べる不自然さが目につくのです。これからはできるだけだけ自然に近づける暮しがしたいと、野の花を見て感じた朝でした。

  「野の花は ものは言わぬが ちゃんと咲き 秋が来たよと 教えてくれる」

  「野の花を 一輪摘みて 机の上 部屋に漂う 不思議な香り」

  「草刈りの 届かぬ所 野菊咲く 白い花びら 風になびきて」