shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年11月4日

○長野県木曽町を訪ねる・ルポ③

 今回の長野県木曽町を訪ねる旅は、そのきっかけとなった木曽町役場の大目さんに再会したのを始め、多くの深い出会いがありました。その一人が池田聡寿さんです。大目さんからのメールの予告どおり、「木材や森のことだったら池田さんに聞け」といわんばかりの噂にたがわぬ人でした。池田さんは今は合併してわが町の隣町になった大洲市の天守閣築城にも選木や納品で深く関わった人だそうで、初対面ながらすっかり気に入ってしまいました。講演の後の懇親会で酒を飲まない素面をいいことに、池田さんに明くる日木曽檜の原生林を見に連れていってもらうよう約束してもらいました。池田さんの会社は隣町上松町にありました。大目さんの車でホテルを朝9時に出発しました。木曽川に沿って上松まで下りましたが、木曽町の木曽川が女性的なのに対して上松沿いの木曽川は男性的で紅葉に映えて綺麗でした。池田さんの会社を訪問しましたが色々な事に取り組んでいて、能面などの材から神社仏閣の用材まで凄い会社です。ここで池田さんの車に乗り換え、木曽五木の代表的産地で日本三大美林といわれる赤沢自然休養林を目指しました。

 木のことは檜とさわらさえも見分けがつかない私など無知に等しく、池田さんの軽快な説明にただただ納得するばかりで、右を見て、左を見てと池田さんが珍しい物を説明する度に車から下車してその姿をカメラに収めるのがやっとでした。

 一番最初にカメラに収めたのは道路の直ぐ側の大きな石の上に自然に生えたさわらの巨木でした。池田さんの話によるとこの木でも小さく見えるのに200年も経っているのだそうです。

 この辺の檜は根上がりが多いのですが、親木の古株の上に種が落ちて芽を出し、切り株親株の養分を得て育ち、やがて親株が朽ち果て土に帰る頃には若木がせめぎあいの中で生き残って成長するという自然の生命引継ぎが、神秘的に行われているからだと聞いて納得しました。

 やがて私たちは赤沢自然休養林の入り口で車を止め、歩く事にしました。本来ならお金の要る駐車場も顔見知りな池田さんの仲間がいて顔パスなのです。それにしても川床が浅いため川と遊歩道がまるで一体のようで、ウッドデッキ風な遊歩道は歩き易く、足の速い山歩きに慣れた池田さんに、私でも充分ついて歩くことが出来ました。山は紅葉真っ只中で、一年中で最もいい季節の最もいい日を選んだことに感謝や感嘆の声を上げました。

水は何処までも透き通って、川面にもみじの色と針葉樹の緑が見事に調和して映っていました。

 この堰は木材を搬出するため人間が木材を使って作った名残の堰だそうで、自然に見事に調和していました。

 この切り株にも既に若い命が宿って次の世代の息吹が感じられました。

 しばらく歩くと森の中に東屋が見えてきました。伊勢神宮の造営に使う神柱を切り出した時の切り株が厳かにこうして保存されているのです。池田さんは木材に関わっている人ゆえ、敬虔な祈りを捧げ賽銭を入れて拝んでいました。池田さんの話だとこの切り株は樹齢200年を超えているのだそうですが、まるでその年輪を数えられない石のようなもので、過酷で厳しい自然の中で育つことの意味を感じました。

 池田さんが定点観測をしている切り株に出会いました。この切り株にも無数の檜やさわらの苗木が芽吹いていて、池田さんからいただいた「木曽檜天然木の成長の過程」という資料を読みながら納得したのです。池田さんは博学だし文章力も凄く、この事を題材に絵本を作る計画だそうです。

 遊歩道と平行して森林鉄道が走っていました。遠くで森林鉄道の「ぽー」という音が聞こえていました。この日は女優の宮崎美子さんが来られるとかで、カメラが数台スポットで待ち構えていました。

 この根上がり檜はまるで宮崎駿監督のトトロの冒険に出てくるような根上がりで、この中をくぐると幸せになるそうなのでくぐりました。

 

 高知県千本山の魚梁瀬杉の大木を連想しての入山でしたが、左程大きく感じない檜でも、さすがに木の根元に立つと凄い大きさで、私と大目さんが小さく見えるほどの檜があちこちに立っていました。まさに伊勢神宮と深いつながりのある神木の森でした。

  「切り株を 養分にして 子が育つ 生命のリレー 自然の営み」

  「分け入りて 樹齢二百の 大木に そっと耳あて 言わぬ声聞く」

  「根元から 樹上見上げりゃ 見事なり 威風堂々 神木茂る」

  「そこここに 落ちてる朴葉 踏みしめて 静寂な森 黙って歩く」 

 

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