shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年12月31日

○いろはカルタ

 私たちが子どもの頃の正月の遊びは凧揚げやコマ回しなど、戸外で遊ぶことが多かったことを覚えています。その凧も山から切り出した竹を割って竹ひごを何本も削り、紐で縛って和紙を糊付けして丸一日で仕上げた手づくりです。新聞を細長く切り何枚も張り合わせて長い足を作り、凧を背中で弓のように張って風受けがよいように調節するのも子どもの腕ででした。父親から貰った魚網修理用の糸をつけ、助走をして冬空高く揚げた凧はまるで空に吸い込まれてゆくような錯覚さえ覚えたものです。時には電線や木の枝に引っかかり、せっかく造った凧を台無しにすることもありましたが、肥後の守というとっておきの小刀が味方して何度も作り、自分は凧作りの名人ではないかと思うほど優越感に浸ったものでした。

 コマは喧嘩ゴマという重厚な鋳物のハマがついているものが好まれ、歳の多い高学年になるとそのコマでコマ喧嘩や長い間回す時間を競ったりしました。友達や先輩の中には器用なものがいて、まるで曲芸人のようにコマを手のひらに乗せたりコマ糸であやつったりして遊びました。特にコマの表面にクレヨンで色をつけ、回る色移りを競うなど美的感覚も競い、コマ一つで何種類もの遊びを考案したものです。

 この他にもパッチンやマーブル、ネンガリなど高々100円程度の小遣いをポケットに握り締めて店先を行ったりきたりしながら小遣いで買えるものの品定めしたのも懐かしい思い出です。

 女の子の遊びは男の子の遊びに比べおはじきや双六、いろはカルタなど室内の遊びが多かったようですが、特にいろはカルタは今にして思えば多くの難しい言葉が詰まっているのに、意味も分らず「律儀者の子沢山」なんて大声で詠んでは取り合ったものです。

 昨日孫を連れてデパート内にある本屋さんへ立ち寄りました。昔は少年向きの雑誌に正月用は付録が沢山ついていて、その付録欲しさに買ったものでしたが、孫はカルタの前で足を止め、「おじいちゃん子のカルタ買って」とせがむのです。子どもの遊び方はは変わってもカルタは沢山のバリエーションが用意されていました。孫が手に取ったのはいろはカルタではなく恐竜カルタでした。恐竜に凝っている孫はこれが欲しいとせがみ千円をはたいて買いました。孫は得意になって店員さんから手渡された袋を持って帰り早速カルタで遊びましたが、私にはトンチンカンな恐竜の名前も孫は驚くほどよく覚えていて、「おじいちゃん知らんの?」てな調子です。トリケラトプスやティラノサウルス、ステゴサウルスなど馴染みの名前が出る度に僅か4歳の孫に62歳の私がかわないのです。

 「犬も歩けば棒に当たる」「せいてはことを仕損じる」「老いては子に従え」「嘘から出た誠」「論より証拠」「骨折り損のくたびれ儲け」「楽あれば苦あり」「身から出た錆」「「去るものは追わず」「割れ鍋に綴じ蓋」「「塵も積もれば山となる」などなど、子どもの頃に覚えたいろはカルタの諺は今も暮しの中に生きずいています。

 明日はお正月です。忙しい年の瀬もやっと越せそうです。今日は妻の作ったおせち料理の余分物を食べながら、また年越しそばを食べながら、お産で旦那の実家に里帰りしない娘と孫、長男夫婦、次男、それに還暦の同級会のために里帰りした弟夫婦、親父と久しぶりに賑やかな越年です。警察官の三男だけは仕事の都合で3日の帰省になりそうですが、今年もいい一年だったとしめくくり、ブログの書き収めとします。

  「いろはなど 今は昔の カルタです 孫に恐竜 カルタで負ける」

  「正月の 遊び随分 変化して 子どもらゲームで チンプンカンプン」

  「穏やかな 天気恵まれ つもごりを 掃除で過ごす 何処か晴々」

  「また歳を 一つ取るかや お正月 目出度いけれど 目出度くもなし」



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