shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年5月29日

○金毘羅さんの絵馬

 昨日鳥取への所用の帰り道妻と二人で金毘羅さんへお参りしました。金毘羅さんへは今年の正月に家族でお参りに行って以来の半年振りです。昨日は日曜日とあって大勢の参拝客で賑わっていましたが、午後3時過ぎということもあってお参りを済ませて下山する人は多かったのですが私たちのようにこれから登る人はさすがに少なかったようです。「江戸っ子だってねえ。神田の生まれよ。寿司食いねえ」なんてやり取りが、時代を超えて話題になる遠州森の石松の金毘羅代参で有名な香川県の金毘羅さんは長い石段が800段近くもある難所です。最近は金さえ出せば駕籠に乗って参拝も出来ますが、さすがにここだけはバリアフリーにはならないようです。駐車場で借りた竹の杖を使って登るのですが、中腹までの沿道には土産物屋が軒を連ね、売れるのか売れないのか分らない一刀彫の置物やお菓子類が沢山売られていました。

 中腹の山門をくぐるとさすがに土産物屋は姿を消して灯篭や寄付をした人の名前を大書して彫り込んだ石柱が無数に並び、信仰の厚さを物語っていました。

 汗をかいて山頂の本殿に登ると、讃岐平野に幾つものお椀を被せたような山が見え、折からの麦秋に映えて美しい風景が疲れを癒してくれました。一昨日訪ねた鳥取の蔵のある倉吉市も、昨日訪ねた鳥取智頭町の石谷家の古民家も味わいのあるものでしたが、信仰宗教の金毘羅さんもそれぞれに、世界に誇る日本のよき伝統文化だと感じました。

 本殿の側にはお守りを販売する社務所がありましたが、若い人たちはおみくじを引いて大吉だと大騒ぎしたり、中年の方々は絵馬を書いて奉納していました。おみくじはそこら辺の木の枝に結びつけていましたが、絵馬は絵馬を飾る所があって大切に保存されているようでした。絵馬のルーツは古く平安時代にはもうあったそうです。絵馬のそもそもの起源は武将たちが戦勝を祈願して本物馬を奉納したそうですが、馬の飼育が大変ということで絵で書いた馬になり、今は絵馬という風習だけが残っているようです。念入りの絵馬は五角形の板の上に屋根を表すように細い木が打ち付けてありますが、その木の組み方が「入」という字に読めるよう、つまり願い事が神様に入るようにとの願いもあるそうです。

 受験の合格願いから安産や孫の成長、結婚の相手が見つかるようになどと、人それぞれ何時の世にも神頼みは多いようですが、くれぐれも本人の努力なしでは成就するものでないことをお忘れなきようにと、思いました。

 さて、この絵馬の行方はどうなるのでしょう。ちなみに神主さんに聞いたところ、物にも賞味期限があるように願い事も賞味期限があって、一年経つとお札と同じく処分するそうです。願い事に賞味期限はありませんが、成就したらお礼参り、成就しなかったら再度の願いと、せめて一年に一度は神の前で自分の人生を振り返りながら新たな願いを心に念じて欲しいものです。

 お願いしたのに叶わなかったらあの神様は霊験がないと悪口をよく言いいますが、願い事は神様が成就するのではなく、神の前で自分自身と約束することなのです。

 妻は賽銭を入れて何やらお願いをしていました。私も退職して懐が寒くなっているので10円を入れて十分にと自分自身に言い聞かせました。

  「十円で 俺の願いを 聞いてくれ 今時神も 金の重さで」

  「石段を 一段一段 踏みしめて 登るお参り 心清けき」

  「願い事 賞味期限は 一年で 切れるそうです 次の準備を」

  「お土産屋 うとうと店番 よだれくり 帰りに見たが やっぱり同じ」 

[ この記事をシェアする ]